壁の向こう

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「絵梨、まだあの人と続いてるの?」 前回までの遠慮がちに窘めるような言い方と違って、今夜はやけに直球だった。 それもまあ、なんとも答えにくい質問形式で。 「うん…、まあ、ね。」 “別れたよ”と答えれば嘘になるし、“付き合ってるよ”自慢することでもない。 私は言葉を濁すしかなかった。 ワンチャン、妹の質問の意図が、“彼と仲良くしなよ?”と続くような意味かな?と、都合よく考えてはみたけど、そんな能天気なことを考えているのがバレたら、さらに怒られることくらいは、流石に理解している。 私自身もそりゃ、彼との関係は世間的に理解を得られるものではないことは重々分かっている。 彼とこのまま関係を続けていても、私は決して幸せになれないことなんて、私の部屋に来た時の田原くんの素ぶりを見てたら、嫌でも気づく。 “許される関係”にアップグレードするためには、彼がフリーになることが絶対条件。 時系列的には少しおかしくても、まだ多少は言い訳もできそうだ。 でも彼には、妻や子を私のために手放すつもりがないのは、普段の態度から明らか。 私との関係を続けるための方便で、“妻とはちゃんと別れるから…”なんて出まかせは、決して言わない。 というより、そもそも私と田原くん。 こういう関係になってからも、二人で一度も“そういうこと”を話し合ったことはない。 いや。 彼にしてみれば、話し合わないこと自体が、自分の意思表示だったのかもしれない。 毎週金曜日の夜。 当たり前のように仕事帰りに私の部屋に寄り、当たり前のように二人で食事し、当たり前のようにセックスし、そして、当たり前のように終電で帰っていく…。 壊れたジュークボックスのように、同じルーティンを淡々と繰り返すだけ。 二人でどこかに旅行に行くどころか、二人きりで外食したことすらない。
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