縋る

5/6

15人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
そんなことを考えながらも、坂口に違和感を感じさせないよう、その場でメッセージを見ることはせず、ゆっくりと食事を済ませた後、トイレに立つふりをして、トイレの中でメッセージを確認した。 『remind 本日の緊急ミーティングは7階第3会議室にて開催します』 メッセージの内容は、田原くんと私の間で決めた、暗号文だった。 ちなみにこのメッセージの意味は、『今夜7時30分に私の家に行く”って意味。 会うのはほぼ間違いなく私のマンションなので、後はいつ来るのかを知らせるだけ。 もし彼が来るのが7時ちょうどの場合なら、7階会議室』っていうふうに書くことになっている。 ちなみに、私に場所や時間を指定する権利は一切ない。私はひたすら妻帯者の彼の都合に合わせるだけだ。 ただ今回はいつもの暗号文とは少し違っていた。いつも彼が私のマンションに来る際、大抵は『明日のミーティング〜』となっていて、一応会う日の前日に連絡があるんだけど、今日は『本日〜』だった。 いつもなら、メールをもらったら、前日から食事の準備をして、当日は早めに仕事を終え、一足先にマンションに帰って料理の仕上げをして彼を待つのが常だけど、今日は想定外の当日連絡だったので、夕食の準備どころか、部屋の掃除もしていない。 妹の友梨とケンカして以降、心が乱れされたままだったので、仕事から帰ってから何もする気が起きなかったせいだ。 “大概、田原くんも空気読めないよね” 少しばかり頭の中に不満が浮かぶ。 その不満が呼び水となり、友梨に言われた“不適切な関係の清算”のことも思い出してしまった。 実際、私自身、彼が部屋に来た日ですら、午前零時を過ぎたあたりから彼が奥さんの元に帰るため〜逆シンデレラ〜になるための準備を始めた途端に切なくなって、彼との関係を続けることが果たしていいことなのか自問自答することが増えてきてはいる。 でもまだ“関係の清算”にまで頭の整理が追いついてないし、この数日間、友梨とのケンカのことが気がかりで、そんなことを考える暇もなかった。 結局、田原くんからのメッセージを読んだ私は、別れる勇気も、そんな覚悟も全くできていないのを言い訳に、結局この日も彼の訪問を受け入れることにし、『リマインド、ありがとうございます』と、彼と示し合わせた暗号文のメッセージを送り返した。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加