凹む

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--- 「あ、山田マネージャー、やっぱりここにいたんですね」 何かが溢れてこないよう夏の青い空を見上げていると、ふと私の名を呼ぶ声が聞こえた。 慌てて目尻を手の甲で押さえて振り返ると、そこには部下の新入社員、坂口裕美子が立っていた。 「あ、サボってるの見つかっちゃった。部長には内緒にしといてよぉ」 泣いていたのを悟られないよう、努めて明るく返す。 「あ、いやぁ…。 さっきの聞いてて私も悔しくて、山田マネージャーと一緒に泣きに来ました。部長、みんなに聞こえるところであんなこと言うなんて、酷いですよね。(はた)で聞いてて、私、悔しくて悔しくて…」 「あ、ありがとう…。 で、でも私、泣いてないし! やだなあ。ただ欠伸してただけ!坂口、何勘違いしちゃってんの」  そう言って無理やり笑顔を作って笑い飛ばす。 「あ、そ、そうなんですね。 あーいやぁ、私の早とちり早とちり…」 何かと気のきく坂口は、私の目尻が赤いのに気づいているはずのに、とぼける私に付き合って気づかないフリをしてくれる。 一呼吸置いた後、坂口は手に持っていたブラックの缶コーヒーのうちの一つを私に差し出した。 「差し出がましいとは思いましたけど、よかったらどうぞ。 本当はコーヒー落とそうと思ったんですけど、時は一刻を争うかと思って…」 「あ…、ありがとう。坂口は良い子だね。あ、でも私、本当に泣いてないからね」 こんな風に部下に優しくされた時、上司はなんて言えばいいんだろう。 こんな時に言うべきセリフを持たない私は、やっぱりまだまだマネージャーとしては未熟者なんだろう。 坂口は自然に私の隣に座ると、自分用に持ってきたもう一本の缶コーヒーを開けた。 「誰が何を言おうと、私は山田マネージャーの味方です。ずっとマネージャーさんに付いて行きます。 マネージャーさんは私の理想の“キャリアウーマン”なんですから」 そう言った後、やはり照れ臭かったのか、坂口は缶コーヒーをグイッと煽って顔を逸らした。 私そんな坂口が愛おしくなり、坂口の額を人差し指で軽く弾き、無言でニコッと笑った。 ベタかもしれないけど、今はこれが正解のような気がした。
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