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「不倫なんて、そんなことしてないわよ」
「ですよね!ですよね!安心しました。
ていうかですね、周りのみんな最近ちょっと山田マネージャーのことを悪く言い過ぎなんですよ。
こんなにいい人なのに」
「いやいや、それ程のもんじゃないよ」
坂口が持ち上げるのがくすぐったいのと、本当は不倫をしてた“悪い人”であることが心に引っかかって、褒められても居心地が悪い。
謙遜ではなく、本音だ。
「山田マネージャーはポリシーで普段更衣室使われないからご存知ないかもしれませんが、昼休みの更衣室なんてヒドいもんですよ。
あまりのヒドさに、聞いてる私も泣きそうになっちゃいますもん」
ふーん。あの連中の私への悪口が、今やそんなことにまでなってるのか。
坂口には申し訳ないことをした。
でも申し訳ないついでに、こっちも探りを入れてみよう。
「周りの人たちから、他に何か聞いてない?
なんで私が不倫してるって“勘違い”したかとか、不審に思った理由とかさ」
「あ、それはですねぇ…
山田マネージャー、ご自宅の最寄り駅は新丸岡ですよね?
なんか夜の結構遅い時間に新丸岡で、郊外にお住みのはずの田原マネージャーを何度か見かけたとかなんとか…。
特に立ち寄るスポットもないのに新丸岡にいるってとこから、山田マネージャーのお部屋に行ってたんじゃないかって話になって。
で、それには理由もあって、その見かけた日っていうのが、山田マネージャーが早く帰った日のことが多いって。
そんなん偶然に決まってるのに、皆さん妄想が逞しすぎますよね」
そう言って電話の向こうの坂口は笑った。
怖い怖い怖い。
なんでそんなとこ気づく人がいるんだろう…
でも良かった。
二人で外を歩くことは絶対しなかったし、ウチのマンションに来る時もいつも別々に行動してた。
田原くんも、マンションに来る時は、尾行を巻くように、念のため駅からマンションまでのルートもちょくちょく変えるって言ってたし。
もし本当に田原くんの姿を見られていたのなら、駅で待ち合わせて二人でマンションに移動してたらマジで危なかったかもしれない。
その後の坂口の話だと、冗談半分とはいえ、更衣室では『田原マネージャーを尾行してみよう』とか、『山田が早く帰った日に最寄り駅で張り込みしよう』などという話も出ていたらしい。
本当にタッチの差だっのかもしれない。
ちゃんと田原くんとケリをつけておいて良かった。
彼にも一応気をつけるように言っておいた方がいいかなと、一瞬頭をよぎったけど、あえて連絡するほどのことでもないだろうし、今更どの立場で何と言って連絡するのかも躊躇われた。
とりあえずスルーしておこう。
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