変わる

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一方の私も、いつの間にか彼への未練のような、それでいて恐れのような、湿った感情は消えていた。 社内で彼を見かけても、切なくなったり動揺したりすることも無くなった。 ただ、“不倫をしていた”ことに対する、対象も形もない“罪悪感”とい名の感情だけは一向に消えなかった。 そして、この感情だけは一生心の中の抜けないトゲとして残っていくのだという、自覚と覚悟もできた。 いつの日か。 私にも本当に愛する人ができて、家庭を持つことになったとしても、自分自身にそういった“過去”があるという負い目は消えない。 そして何より、過去一度でも“過ち”を犯した自分が、何かをきっかけに再度心のリミッターが外れ、また同じ選択(不倫)をしてしまう可能性を否定できないことも覚悟していた。      心の中の“不倫への免疫”ができてしまった、もしくは“不倫することのハードルが下がった”という方が分かりやすいかもしれない。 だから、しばらく恋はいらない。 一生一人で生きていくつもりもないけど、今はとてもそんな気にはなれない。 なーんて言いながら、明日には気が変わっているかもしれないけど。 私は妄想を切り上げ、仕事に戻る。 整理していた山積みの書類の下の方から、アルプス興産のキャッチコピーを考えていた時に、浮かんだアイデアを殴り書きしたメモ用紙を見つけた。 まもなく世間に、私の考えたキャッチコピーと共に、アルプス興産の新しいCMシリーズがリリースされる。 これで本当に肩の荷が降りた。 気の早い部長からは、『これで営業部は社長賞確実だ!』と浮かれているけど、自分としては、マネージャーとしてチームを引っ張ることにずっと必死だったので、ウチのチームと山岡くんがそこまでのことをしたと言われても、イマイチ実感が沸かない。 ま、いいか。 そんなことより、これでしばらくはゆっくりできそうだから、リフレッシュして、また頑張るか。 と、その前に、来週は3日ほど有給を取らせてもらおう。 そう思い、久々に有給申請を行う社内サイトにログインしようと画面を立ち上げた。 「あれ?パスワードなんだったっけ?」 有給申請自体が久々すぎて、申請画面にログインするためのパスワードが思い出せない。 3回連続でログイン失敗すると、システム管理部へのロック解除申請を、私の上司である木下部長から送ってもらう必要がある。      木下部長に理由を説明する自分の姿と、それに対する部長のリアクションを想像する。 それだけは何としてでも避けたい。 私はログイン画面の横にある『ヒント』ボタンをクリックした。 ポップアップされたヒントの質問を見て、私は固まった。 そして結構長い間、とても重要で、とても大切なことを忘れていたのを思い出した。 アルプス興産の案件、田原くんとの決着、その前後に襲われた社内での騒動なんかで、本当にすっかり忘れていた。
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