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有給休暇を取ったある日の午後、いつものカフェのドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
寡黙な初老のマスターが、今日もチラッと目だけで迎え入れてくれる。
そして私だと認識してくれたのか、口角が少し上がったように見えた。
私は軽い会釈を返してそのまま二階に上がり、いつもの、公園の木々が見える席に向かう。
階段を上が切り、フロアを見渡してその席に目をやると、残念ながら既に先客が座っていた。
三人組が賑やかに談笑している。
私は二階のフロアをぐるっと見渡し、空席を探す。
といっても、普段から失礼ながらそんなに混雑するようなお店ではない。
店内には、たまに見かける客が何人かいたけど、彼等はいつもの席を確保できているようだ。
カフェには、そこから見える景色、ソファや座椅子の触り心地、隣の席との間隔等々、各自がお気に入りの席がある。
私にとっては、二階の窓際の一番奥。公園の木々が見渡せ、かつ、他の客が横を歩くことない一番奥の席がお気に入りだった。
ただ今日はそこには座れない。
第二候補は、同じ公園が見渡せるその奥の一つ前の席なんだけど、自分のすぐ真後ろに三人いて談笑しているとなると、落ち着けないような気がする。
そこでふと、自分が昔妹に語った(と妹が言う)『頑張って自分を変えた人にだけ見える景色がある』という言葉を思い出した。
多分若くて自信満々だった頃の私は、妹を前に、そんな意識高い系みたいな恥ずかしいことを言ったのだろう。
“違う景色…か”
確かにいつの頃からか、この店に来ると、公園の木々が見渡せるあの窓際の席にしか行かなかった。
多分今日みたいに他の席に座ったこともあるはずなんだけど、全く記憶にない。
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