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(体なんて売るかって思ってたのにマジでそんな奴になっちまったな…)  あの後、あのヤクザを押し除けて車に乗せてもらって家に帰った。アイツとのセックスの準備をするために風呂へ入って体を洗っていた昊は、とても憂鬱だった。鏡の中の俺と目が合う。  びちゃびちゃでおでこに張り付いた長い前髪に、貧相な体。工場には何年も働いていたので筋肉はまだある方だったのだが、食事の量が少なかったのでずっと痩せていた。目の下にはくまができていて、いつもは吊っている目も垂れている。おまけにこれから地獄にでもいくのかのような溢れ出る悲壮感。 (それでも、これが1番なんだ…) 「お〜い!!水を汲みにでも行ったのかよ〜?なんでこんな遅いんだ〜!」 (アホか…)  トイレと洗濯機が一緒になっているせまいシャワーを出て服を着る。いやどうせ脱ぐなら着なくてもいいか…? 「髪まで乾かしてくるとはな…」  今から俺のことを抱くであろうアルファは、シャワー室をでてすぐ横のリビングのソファに腰掛けず、その前の床に座っていた。上半身だけ何も着ていなくて、ボコボコとした硬い筋肉が見えている。コイツの裸を見るのは初めてだった。前は後ろからだったから…。 「ここに来て座ってみろ、早く」  トントンと自分の左側を指したそいつ。その顔は決していつもの笑顔を止めることはなくニヤニヤしている。黙って横に座ると余計視界の中のそいつが大きくなってしんどくなった。 「よしよし、うーん…。どうせ脱ぐのになんでしっかり来てきたんだよ?」 「っ!?」  背中側のシャツを引っ張られて、動かない俺のうなじを眺めて顔を寄せた。くんくんといったアイツの鼻息が数回うなじに当たってゾワゾワする。なんか前もこんなことあった気がするが、くすぐったくて暴れたい気持ちをなんとか抑えた。 「お前は自分からどんな匂いがするか知ってるか?」 「知らねーよ、おいやめろって!」  そうは言うが抵抗はしない。これからすることは同意の上だし、これ以上怒らせるわけにもいかなかった。ずっとヘラヘラしてるコイツだけど、その中の異様な怒りは俺でも分かるくらいに禍々しい。 「夏が来る前に木に花が咲く米粒のような白〜い花が、マジで米みたいに美味そうなんだ。それをたくさん街路樹に植えて春になると、その花の匂いがそこらじゅうでするんだ。その甘くてほのかな香りが…。その匂いだよお前の匂いは。」 (初めて聞いた…) 「もういい加減やめろって…」 「その花の匂いを嗅ぐと落ちついて気分も良くなるんだ」  さっきからずっとうなじに顔を埋めて俺に体重を預けている。自分の匂いなんて指摘されたこともないし、その話題についても誰かと会話したこともなかったのに。そいつは目を閉じて眉間に皺を寄せている。全体に唸り癖があるベージュ色の前髪が当たってまたこしょばい。 「だけどそれと同じお前の匂いを嗅ぐとちんこが勃って仕方ない。クソッ」 「おいっ」 「アハハハ」     寒気がして鳥肌が立ったのでひじでクソヤクザの顔を押しやるが、顔を見るとまたヘラヘラとしていた。そうすると俺の手を掴んで局部に誘導する。 「マジだって。触ってみろ」 「…」  完全に勃起してるわけではないがズボンの上からも分かる、少し熱を持ったそれ。ズボンの下にパンツを履いてないのか、生々しくドクドクといっているこれにみじろぎした。俺の心臓もドクドクと音を鳴らしている。 「ん?なんでそんなビビってんだ?」 「うっ!」 「あぁ、この前痛くしたからか?今日はマジで優しくしてやるから」  俺の腰を思い切り自分のほうに引き寄せて、胸に手をつきアイツの上に俺が乗る形になる。上から見下ろすのはこれが初めてだ。上からと言っても対して変わらないのだが、少し優越感にひたることができた。  だが、優越感にひたることができたのも一瞬だけ。尻を両手で掴んで足の上に固定したのはいいのだが、固定したところの位置が悪かった。アイツのちんこがアソコに触れてるから…。違和感を覚えて抜け出そうとしたのだが、尻を掴む手の力はかなり強かったのと、人に乗っている形になっていたから不可能だった。 「おいお前、何してんだ?そんなモゾモゾさせてるとすぐにでも突きたくなるだろ…?」  ぺろり。俺の下唇に接近して少し舐めた。口は塞いだので入ってくることはなかったが、もうすでに距離はほぼない。あいつと俺の胸と足が密接している。  その瞬間俺の後頭部を掴み自分の胸の方に寄せて、俺の顔がアイツの胸中に埋まった。今もぐーっと抑えていて動けない。力は弱いものの、少し荒々しかった。こうする意味がわからなくて惑うものの、とりあえず従っておくことにする。 「匂いをかいでみろ」 「クソッ、何も…。」 「ったくかいでみろって」 「うっ、……」  俺の後頭部を抑えている手とは違う方の手で、柔らかく背中を擦られた。やるなら早くやればいいのに、いちいち焦らすコイツにイラつきを覚え始めた頃だった。           
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