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   「おい、起きろ」    暗いまどろみの中、誰かの声がして目が覚めた。まだ深夜で周りが見えにくいが、左の耳の辺りを手の甲で軽く叩かれたことはわかった。声の感じであいつなのは間違い無いが、嫌いな昆虫がいきなり目の前に現れてきたみたいな感じで、小気味悪い。  俺は何をしてたっけ、あの事務所に入ってから強姦されて気絶したことは覚えてるけど。でも俺は車の中で気絶したんだじゃないよな?運ばれたのか?  ふと横を見ると、車のドアが開いていてあいつが中の方を覗き込んでいた。薄い赤の胸ぐらを大きく開けたシャツに、白いズボンにベルト。また着替えたのか。 「降りろ」  そう言われたので、体を前の方に体重を向けて出ようとした。だが、あらぬところがズキズキと痛くて動きにくい。また、自分の無力さをひしひしと感じられて惨めさで、胸と頭が痛んだ。  弟は…どうしただろうか。何もされてないかな、泣いて無いだろうか。 「大げさだな、たかがちょっと突いたくらいで気絶しやがって」  イラついたように言ったそいつだが、顔はニヤニヤとしていて俺を見下ろしている。またあの不快感が蘇る。こんなやつに、俺は…。悔しくなってギロリと睨みつけると、余裕ぶって一層笑みを深くした。 「ついてこい」  そして、車からやっと出た。住宅街だ。まだ深夜だと言うこともあるが、ちょっと薄汚い。弟はどこだろうか。終わったら会わせてくれるんじゃ無いのだろうか。 「どこだよ、ここ?弟は!?」 「黙ってついてこればちゃんと教えてやるさ」  そして歩くこと2分程度。先ほどのうす汚い住宅街を通り過ぎてより奥に入ると集合民家、いわゆる小さなマンションが見えてきた。ところどころカビがが生えていて、衛生環境が悪そうだ。 「ほら。家は解決したぞ」  そうして、一階の方の質素な白いドアの前に立つといきなりそう言った。 「は?」  キィーッ…。高い音を鳴らしてドアが開く。そうすると中から子供が走ってくる音がする。 「お兄ちゃん!」  弟が俺の足に抱きついた。無事だったのか…本当に良かった。一緒に自殺しようとしていた俺が言う言葉では無いけど、瞬間的にそう思った。思わず、小さく息が出る。疲れが今になってドバッと押し寄せる。今寝ることができたらきっと久しぶりに熟睡できるだろう。黒い髪の弟が上目遣いで俺を見た。   弟_____(あお)は、一体何時間ここにいたのだろうか。随分と長いこと放置してしまった。 「どうだ?これなら損はないだろ?」  玄関で横に立っていたそいつが喋り出した。   「実は俺が損してるんだ。家も使わしてやる上に明日は仕事も紹介してやるから、今日はとりあえず休め」  ヘラ〜っと目を細めてそう言う。目が涙袋に押し潰されるように笑うのが、不快になった。本当にムカつくヤツ…。筋肉は多くついていて背幅も肩幅も広い。顔もだが、本当に体がいかついんだコイツ。その身長の大きさと言ったら昔テレビで見たクマみたいに大きくて、いつも見上げるような形になる。 「逃げようなんて思うなよ?」  横にいた俺のケツをポンポンと叩くと、もっと深く笑う。ほんとにコイツ、嫌いだ。また尻が痛くなった。 「子連れで逃げたところでたかが知れてるからな、じゃあ」 「おい…っ!」 「青木昊、また明日な」  最後にあいつがドアの向こうに消える瞬間、俺と目を合わせてまた笑った。 「あのクソアルファがっ…!!」  あいつがいなくなってから、ドアの方にそうつぶやく。あわよくば、あいつの帰り道の車に雷が命中してほしい。そう願った。 「お兄ちゃん…」  ふいに、俺の足に顔を埋めていた蒼が俺を呼んだ。まだ7歳だから、声は全然高いし手だって、俺と比べると体だってもちろん小さい。髪の毛は少しクセがあって、巻き毛。髪の毛の色は俺と同じ黒だが、俺の髪の毛はストレート…だと思う。そろそろ弟の髪も俺の髪も、切らなくちゃな。 「あ、おう…」  一緒に死のうとしてたことを思い出して、少したどたどしくなってしまった。今更後悔するくらいならあんなことしなければ良かったのに。 「大丈夫か?」 「うん」 「もしかして、他の人に触られたり殴られたりしたか?」  フリフリ。頭を横に張った。良かった。ぱっと見た感じではそんなことはされていなさそうだったが…。俺は蒼と目線が合うようにしゃがり込んだ。 「お兄ちゃん。これから2人で一緒に暮らすの?」 「あっ、えっ?…あぁ。2人で」  少しの間だが…どうせ寝泊まりするところは必要だし、家ももうない。父親もいないし…。必然とそうなるだろう。 「ホントに?にいちゃんと僕と2人だけ?父ちゃんがいる家に帰らなくていいの?おじさんたちがたくさんいるところで寝なくてもいいの?」 「そうだ、俺たちだけで…」 「ホント?やった…」  蒼の問いに対してそう答えると、突然目を大きく開けた蒼。目はキラキラして俺の目を見ている。こんな蒼、どのくらい久しぶりに見ただろうか。子供なのに、仕事で忙しい俺に甘えられなかったのは俺も知ってる。また、申し訳なさで胸が痛んだ。 
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