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 『やった』か…。自分の気持ちなんて口に出したことない奴なのに…。  あのあと、風呂に入って蒼を寝かしつけた。今は横で寝ている。こんなふうに寝息を聞きながら添い寝できることなんて、今まではほぼなかった。  子供らしくわがままだって言ったっていいのに、俺を気遣って遠慮するのだ。俺たちがそんな環境に置いてしまった。父親が1番当てにならない。息子の俺から見てもあいつはクソだ。本当に…。  あぁ、蒸発したまま、帰ってこなければいいのに。自分の借金なんだから自分で返してほしいけど。  あいつの言う通り、子供に罪はないよな。蒼は、海で俺が何をするつもりだったか分かってたのだろうか?  分かってるのに俺と2人で暮らせるって、普通喜ぶか? 『まぁかと言ってお前に罪があるわけじゃないがな』  不意に、あいつの音声が脳裏に流れた。勝手な奴。なんであの言葉を思い出すんだよ。  また頭が痛くなった。片手で頭を守るように抱えると、また虚無感にひたる。時計は朝の3時半を示している。早く寝ないと。 「はぁ…。これからどうしよう」  聞いてくれる人もいないってのに、そう独り言をつぶやく。  俺がオメガなのもバレてるから、ここにいたら確実に風俗店に売られて手にしたこともない金を返すことになるだろう。  何日か様子を見て逃げないと。蒼がすごく喜んでるけど…。あいつに見つからないところに着いたら小さなワンルームでも頼み込んで借りるしかない。それから2人で静かに暮らすんだ。俺たち2人で…。  頭が痛い…何か大事なことを忘れた気がするが…。  そこで、俺の意識は途切れた。 『なんですって?』  これは…夢だ。確か…いつだっけ。俺の、仕事場の工場の事務所で、禿げた中年の取締役と会話している俺が見える。そうだ、これは最近の給料日の日のことだった。そう言えば確かに事務所は、周りには書類やらなんやらが積まれていて、とても狭いところだった。 『お前の親父が取ってったぞ』 『おじさん!前にも言ったでしょう!俺の金をあいつに渡すなって、俺と弟が飢え死にしてもいいんですか?』  そうだ、あいつ…父親が勝手に俺があくせく働いた給料を自分のものにして、取っていったんだ。 『いっ…いや…お前に許可取ってあるって言うから…』 『そんなのを信じたんですか!?』 『そ…それは…。青木陵に何度も…。』    青木陵とは、俺の父親だ。今や名前を聞くのすら悩ましく鬱陶しい。夢の中の取締役のおじさんは、目を泳がして汗をかいていた。おもわず足は脱力したが、拳に力は入ったままだった。 『(せびられてあげたんだな…)』  その時の俺はものすごくイライラしていた。状況的に当たり前のことなのだが、この状況が初めてでもなかったからでもある。 『はぁ…もう行きます』 『おい…っ!また食ってかかって殴り返されないようにな!金ならまた稼げばいいだろ』  そして、描写が変わった。家の中だ。あいつ、父親が見える。いつもの白のタンクトップに黒ズボンを履いていた。部屋の壁に体重を預け、あぐらをかいている。悔しいがまだまだ若く、アルファなのでほどほどに筋肉がついており俺より少し高い。さっさと老いてしまえばいいのに。  目の裏に焼き付いているその顔。何よりも、誰よりも憎いそいつ。 『俺の金はどうした?』 『なんだと?』  コイツも、あのクソヤクザと似たような笑みを浮かべている。夢の中なのに、無性に殴りたくなった。父親なんて、想像の中で何回首を締めて殺したか。何回包丁を刺して殺したか…。想像の中だったけど、今もその殺意が溢れ出している。 『金はどうしたんだよ、今すぐ出せ』  俺がそう言うと、親父は立って俺の前に憚った。当然、見上げる形になる。 『出せ?』 『あぁ、クソッ、早く出…』  そこで言葉が途切れる。その理由は単純で、殴られたからだ。左頬に赤い跡がついた。夢だから痛くないけど、やはりこうも精神的にくるものがあった。 『なんだその口の利き方は?あんなはした金がどうしたって?必要だから使ったんだろ』  鼻血が垂れる。ただでさえ寝れてなかったから、殴られたのはかなりこたえたようだ。ボコッ…。そうだ、殴られたから俺は殴り返した。 『はした金が欲しくて俺の仕事先まで取りに行ったやつがなんでそんな偉そうなんだよ?』  また一発。俺は親の胸ぐらを掴み、拳を向けた。 『息子が稼いだ金にまで手をつけて嬉しいか?このクズが…』  でもそんなうまくいくわけなくて、体格差のこととバース性のこともあってか簡単に腕を掴まれた。身長は少ししか変わらないのに、筋肉量と手の大きさがあまりにも違いすぎたのだ。 『ったく聞いて呆れるな…。そんなに金が欲しいなら、お前オメガなんだから体売ればいいだろ』  父がまた拳を振り上げて、そこでシャットダウンされたように真っ黒になってまた描写は変わる。  蒼だ。蒼がいる。部屋の端にちょこんと膝に手を回して座っている。質素で簡単な服を着て…。父はいない。俺は家出をしようと準備している。 『にいちゃんどこ行くの?』  無言。確か、あの時無視してしまったんだ。蒼は、顔中腫らしてリュックに荷物を詰め込む俺を不思議に思ったんだろう。 『にいちゃん…』  あいつがいる家に置いていくのも気が引けるが、自分が生きていくためにも置いていくしかない。そう思って玄関の扉を閉めたが、最後の最後で蒼の顔がチラついて、結局連れ出したんだ。 『服着ろ』  そう言うと、キョトンとしていた蒼はタタタッ…とクローゼットの方に走っていく。  また、描写が変わる。
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