天道虫(てんとうむし)

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「いいえ。でも、曾祖父の小さな別荘がこの近くにあって、子供の頃からよく来ていたそうです。こんなに静かで美しいのに、時には火を噴く……、この山を前にすれば、人間が自然に勝てるなんて考えは一瞬で消えてなくなる、祖父はよくそう言っていました」  博子は柏木のほうに向き直って言った。 「先程は、お言葉を誤解して申し訳ありませんでした」 「いや、あれは誤解してもらうために言ったんだから、気にしないでください」 「それから、わざわざお越しいただき、ありがとうございました」  博子は深く頭を下げて礼を言った。 「いえ、おかげで久しぶりに冬の浅間山を見ることができました。実を言うと、僕は信州の生まれなんです」  そう答えながら、柏木は密かに、博子が写真で見た健次郎にそっくりの目をしていると考えた。  警察が引き上げるよりも早く、人志は自家用車で東京に戻って行った。博子は浦上とともに翌朝まで残っていたが、管理人の森田に、業者を入れて祖父の寝室を清掃するように命じると、浦上の運転する社用車に乗ってログハウスを去った。
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