天道虫(てんとうむし)

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 父は柏木の顔を見ると、お前は考えることが好きなのだから、このまま研究者になるべきだ。大学院を出るまでの学費や生活費を援助するくらいの蓄えはある、と言った。その後は、取り組んでいる研究の内容を説明したり、母を交えて子供時代の思い出話をしたりして、父が疲れた様子を見せたところで病室を出ようとしたのだが、別れ際に、父はふと思いついたように、今朝の浅間山は美しかっただろう、と言った。柏木がうなずくと、父は(みずか)らもその景色を思い描いているかのような表情で、二日続きの大雪の後で、うまい具合に雪晴れになったからな、と付け加えた。思い返せば、それが父と交わした最期の会話だった。父が母に看取られながら世を去ったのは、それから六日後のことだった。危篤の知らせを受けて柏木が駆けつけた時には、すでに父は意識がなかった。  母も父の跡を追うように二年後に亡くなり、上田市に柏木の生家は残っていない。  軽井沢駅のホームに降り立った瞬間に、硬質な冬の冷気が柏木を包み込んだ。前日の申し合わせの通り、堂島警部補と鑑識官の前園が改札口で柏木を待ち受けていた。
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