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「今まであなたが飲食するところは何度か見てきたけど、やっぱり不思議」
「ふうん? そうかい?」
「空中でお茶が消えてゆくのだもの。あなたがいると知らなければ、何事かと驚くわよ。初めて見た時は、それはビックリしたもの」
コトンとテーブルにカップが着地する。淹れたて熱々のチャイを、早々に飲み終えたらしい。
「初めてということは、もしかしなくとも、それまで透明人間には会ったことがなかったのかい」
「そうね。あなたが初めてだし、他に透明人間の知り合いはいないわ」
「それはなんたる光栄! これは居住まいを正さねばならないな。僕が無作法をすれば、透明人間は皆がそうだと判じられてしまうからね!」
「心配ないわよ。空知さんはいつも紳士的で……ん? あ、そうだ!」
私はパン、と手を打つ。
「前から気になっていたんだけど、どうして空知さんは服を着ないの?」
ずっと引っかかっていた疑問をぶつけた。
空知さんが身につけているのは、革靴だけだ。彼は物腰丁寧で温厚な人だ。紳士と呼んで申し分ないけれど、ふと「マッパは紳士でいいのか?」という言葉が脳裏をよぎったのだ。それで、以前から抱いていた疑問を思い出した。
透明人間について、ちょっとだけ好奇心で調べたことがある。それによると、『服を着ない』というのは彼らの普通という訳ではないようだった。まあ、服が隠すべき体がないのだから、着る必要はないのかもしれないけど。
「酒井さんの前では、飾らない自分でありたいのさ」
戯けた調子で言う。口がホントに達者だこと。
「でも、靴は履くのね」
「だって、素足で地面を歩いたら痛いだろう?」
今度は至極、真面目な口調で宣う。
「足に怪我をして歩けなくなったら、ここへ来られなくなってしまう!」
「そうねぇ、ここのお茶を飲めなくなるのは残念よね」
「イヤイヤ! それも、もちろんあるけれど、何よりも酒井さんに会えなくなってしまうだろう」
「あら。寂しがってくれるの?」
「当然! 家に帰ってからは君との会話を反芻し、目が覚めてからは早く会いたいと胸を焦がしているよ!」
いつも通り大袈裟な彼にクスクス笑った。おべっか上手な空知さんには、本当に感心してしまう。
私は人を褒めるのが下手なのだ。口下手ではないのだが、どうも私の褒め言葉はピントがズレているらしい。本心から称賛しても相手に伝わらない。どういう意味? と訊ねられてしまう始末だ。そんな私にしてみれば、するすると言葉を紡げる空知さんには憧れてしまう。
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