チャイと革靴とキスの場所

2/3
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「今まであなたが飲食するところは何度か見てきたけど、やっぱり不思議」 「ふうん? そうかい?」 「空中でお茶が消えてゆくのだもの。あなたがいると知らなければ、何事かと驚くわよ。初めて見た時は、それはビックリしたもの」  コトンとテーブルにカップが着地する。淹れたて熱々のチャイを、早々に飲み終えたらしい。 「初めてということは、もしかしなくとも、それまで透明人間には会ったことがなかったのかい」 「そうね。あなたが初めてだし、他に透明人間の知り合いはいないわ」 「それはなんたる光栄! これは居住まいを正さねばならないな。僕が無作法をすれば、透明人間は皆がそうだと判じられてしまうからね!」 「心配ないわよ。空知さんはいつも紳士的で……ん? あ、そうだ!」  私はパン、と手を打つ。 「前から気になっていたんだけど、どうして空知さんは服を着ないの?」  ずっと引っかかっていた疑問をぶつけた。  空知さんが身につけているのは、革靴だけだ。彼は物腰丁寧で温厚な人だ。紳士と呼んで申し分ないけれど、ふと「マッパは紳士でいいのか?」という言葉が脳裏をよぎったのだ。それで、以前から抱いていた疑問を思い出した。  透明人間について、ちょっとだけ好奇心で調べたことがある。それによると、『服を着ない』というのは彼らの普通という訳ではないようだった。まあ、服が隠すべき体がないのだから、着る必要はないのかもしれないけど。 「酒井さんの前では、飾らない自分でありたいのさ」  戯けた調子で言う。口がホントに達者だこと。 「でも、靴は履くのね」 「だって、素足で地面を歩いたら痛いだろう?」  今度は至極、真面目な口調で宣う。 「足に怪我をして歩けなくなったら、ここへ来られなくなってしまう!」 「そうねぇ、ここのお茶を飲めなくなるのは残念よね」 「イヤイヤ! それも、もちろんあるけれど、何よりも酒井さんに会えなくなってしまうだろう」 「あら。寂しがってくれるの?」 「当然! 家に帰ってからは君との会話を反芻し、目が覚めてからは早く会いたいと胸を焦がしているよ!」  いつも通り大袈裟な彼にクスクス笑った。おべっか上手な空知さんには、本当に感心してしまう。  私は人を褒めるのが下手なのだ。口下手ではないのだが、どうも私の褒め言葉はピントがズレているらしい。本心から称賛しても相手に伝わらない。どういう意味? と訊ねられてしまう始末だ。そんな私にしてみれば、するすると言葉を紡げる空知さんには憧れてしまう。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!