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日常
「両親が以前使っていた離れの庫裡を、使うとよい。後で客布団を運びます。風呂は…。」
話しの途中だったが、飛鳥はお気になさらずと遮ると斎に早速日常のペースでお仕事なさってくださいと言って、一方的に姿を消してしまった。
創作アトリエのように使っている板張りの和室に、再び静寂が訪れた。戻ってくる気配もない。
斎はため息をそっとつくと、飛鳥の好きにさせることであっさりと気持ちを切り替えた。鳥でも紛れ込んだと思えばいい。
その後は、またいちから墨を磨り直し、いつもの朝が訪れていた。
気づくと、もう昼をすっかり回っているようだ。飛鳥はそういえばどうしたのかと、昼食を摂るついでに声をかけようと部屋を出た。
すると、足元の障子の影にちょこんと座している飛鳥にぶつかりそうになって斎は慌てて飛び退いた。
「こんな所に?いつからいたのだ!」
「うーん…師匠が、お墨の磨りを初められた時分でしょうか?」
「呆れた奴だ…。今度からは、部屋に入ればよい。」
「ありがとうございます!」
(まるで忍者か。)
愕然とする斎だったが、おそらく日頃からこうした動作を身につけていたのだろう。芸術家一族では、あることかもしれない。一見がさつそうに見える飛鳥の背景が、透かして見えた気がした。
檀家が持ってきてくれる物などで、簡単に昼を済ませながら一日の流れをざっくりと話すと、また斎は和室に籠る。飛鳥はその横にいてずっと観ているが、気配を全く感じないので斎も飛鳥がいる事をついぞ忘れてしまう。
日が暮れると、勝手がわかったのか手際よく飛鳥が夕食の支度をした。斎は、したいがままにさせた。
「本日は、ご指導ありがとうございました。では、また明日よろしくお願いします。」
茶碗を片付け終わると、荷物をまとめて玄関を出てゆこうとする飛鳥に、斎が何処に行くか尋ねると。
「庭先をお借りしてしまいました。すみません事後報告で。」
ちょっとバツが悪そうにしながら、指差す方向を覗いてみると木の枝などでわかりにくく細工したテントがある。
「おい、まさかあそこで暮らすのか?」
「はい!野営は、得意なのです。心配にはおよびません。風呂も水源も、少し下ったところに確認してあります。ご迷惑はおかけしませんから。これからは、食料も調達するようにします。では、お休みなさいませ。」
スタスタとテントに潜り込む飛鳥を見ながら、芸術家一族という考えを撤回した。
(ゲリラ部隊所属かよ…。)
人は見かけによらぬもの。とは言え今どきのJKからは、大きく逸脱しているようだ。とりあえず、見なかった事に今日はしよう。斎自身、己も逸脱している事実には気づいていないようだった。
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