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開け放たれた座敷の庭先には、緑深き枯山水。 そよ吹く風が舞い踊り、萌えるように挑むふたりの髪を揺らしてゆく。 すくり、すくり、すくり。 ゆっくりと墨を()るゆったりとした音だけが、そこに生きる者達の気配を思い起こさせる。 すくり、すくり、すくり…。 ()るたびに広がる、真新しい墨の芳香。 ふたりの最期の時が、ひと磨り毎に、その香りによってその身を清浄化させてゆく。それをひしひしと感じながら、奏でるように心を合わせる。 墨を磨る行為は、ひたすら愛おしいふたりだけの時間。  それも、もう終わる。  ひと呼吸大きく息を吸うと、彼女は筆を取り振り向く事なく宣言する。  「師匠、いざ!!」  「望むところ。」  ふたりの前には真っ(さら)な中国宣紙紅星牌。その宣紙に向かって、今ふたりの筆は宙を舞った。
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