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3.言わない!
瀧との食事が終わって帰宅しても、飯嶋はそれがどんな様子だったか等、何も問い正すようなことは一切しなかった。その代わりに、どこか拗ねたような態度はしっかりと見せている。
(まったく、しょうがないなぁ…)
飯嶋はときおり、随分と子供っぽい一面があったりもする。年の割りに口数が多いからかもしれないが、そう思う時は決まって彼が今のように拗ねてしまった時だ。
「ねえ友。ちょっと聞きたいんだけど…」
琉威は自分から歩み寄るようにして、そんな彼へと話しかけた。
「なに?」
飯嶋は琉威から掛けられた声に対してパッと顔をあげる。その顔は、待ってましたとでも言いたげな子供のようにもみえる。
「今日、友に電話が入ってた監査法人の藤間さんって、どんな感じの人なの?」
琉威からどんな話が出るのかと耳を傾けた飯嶋だったが、恋人の口から別の男の話が出たことで飯嶋はまた露骨にも嫌な顔をしてみせた。
「あっ、別に変な意味じゃないってば! 社内の子でね、藤間さんの事を好きな子が居るんだよ。だから…」
「あーー…」
飯嶋は大体の予想がついた様子で天井を見上げると、今度は下を向く。
「琉威。お前、瀧に…頼まれたんだな?」
「…っええ?!」
いきなり核心を突かれて琉威は動揺してしまった。飯嶋だからといえども流石に勘が良すぎるのではないだろうか。
「どうして…」
「アイツ…相談とか言って、琉威を間に入らせてるんだろ」
「……え?」
(なにか…ちょっと違うような…?)
アイツとは、瀧のことだ。瀧が誰かとの橋渡し役を、琉威に頼んだのだと勘違いしているのかもしれない。しかも、飯嶋には瀧の真の狙いが琉威なのではないかという盛大な勘違いも含まれている。これではますます瀧の立場は悪くなる一方だ。
「瀧は…そーいうのじゃないよ」
詳しくは言えないけれど、瀧の誤解だけはどうしても晴らしたくて、琉威は小さく呟いた。そうすれば結果的に今後、飯嶋の瀧を見る目も変わってくるのではないかという気がした。
けれど琉威の思惑とは裏腹に、飯嶋は小さくため息をこぼした。
「他人の恋愛の間に入ったりしたら、琉威が嫌な目に合うだろ」
飯嶋は後頭部を一掻きすると、琉威へと腕を伸ばして抱き込んだ。
(そっか。友はオレが傷付くんじゃないかって心配してるんだ)
「大丈夫だよ友。ほんの少し、協力するだけだから」
琉威は彼の腕の中から顔を上げると、その心配げに寄せられる彼と目を合わせた。その目は琉威の心を見透かそうとするかのようにして、真っ直ぐに琉威へと落とされる。
「だったら、オレがその子に協力してやるよ。その藤間さんを好きな子ってのは、いったい誰なんだ?」
間近で目を合わせてそう問われれば、琉威は「あー…」と声を溢しながら視線を泳がせるしかなかった。
(その子が瀧なんだって事は、さすがに言えない…)
そんな琉威の態度に、飯嶋は途端に目を据わらせていく。
「…なぁ? …それって、どーゆう意味?」
明らかに不審な態度を重ねる琉威に対して、飯嶋でさえ琉威に疑念を抱かざるをえなくなってしまう。
「藤間さんを好きだって子のこと。なんでオレに言えないの?」
そう思うのは当然のことだろう。
「その…、名前は聞いてないんだ…」
琉威は苦しくもその場を乗り切ろうと適当にはぐらかそうとした。
「へぇ…?」
飯嶋の疑念は益々深まるばかりだ。
「やっぱり瀧のやつ…、相談とか言ってお前を狙ってんじゃないのか?」
「だから! それは違うってば!!」
せめてそれだけははっきりとさせておきたくて、琉威はつい大きな声をあげてしまった。
(あ…っ、そこまで強く言うつもりはなかったのに…)
引き寄せられた腕の中から琉威は彼の顔色を窺おうとしたが、その腕はそれよりも早く離されてその身を解放されてしまう。
「ーーあぁもう、わかったよ。さっきのはオレの、…ただの嫉妬だから」
飯嶋は自身の頭を冷やすかのようにして琉威から遠ざかっていった。怒るでもなく、かといって相手を避けるでもなく、同棲する同じ屋根の下で微妙な距離を保つしかなかった。
「友…。本当に…違うんだ」
琉威は、呟くも届かない声とともにただ俯きながら小さく声を溢していた。
(気まずいなぁ…)
風呂から上がった琉威は、水につけ置いてあった食器を軽くすすいで食洗機へと入れ込むと、飯嶋のいる寝床へと足を向けた。
(はやく友の誤解を解いて、いつものように話がしたい)
そう願いはするものの、琉威はどう切り出していいものか悩んでしまう。
(こんな気持ちのまま、友と一緒に寝られるのかな…)
けれどいつも一緒に寝ているのに、ひとりソファーで眠るような態度をとるわけにもいかず、琉威はモタモタとしながらも飯嶋のいる寝室へと向かった。
飯嶋もまた、琉威の抱えている事情に関してはおおよそ検討がついていた。先日の飲み会あたりで、瀧経由で恋愛相談があったのだろうと踏んでいた。本当に第三者からの相談があったかなどは、飯嶋にとってはむしろどうでもいい話でしかなかった。瀧との関係を警戒する飯嶋にとっては、それにかこつけて瀧が琉威へと近づいているようにも思えてならなかったのだ。だからといって琉威が心変わりをしてしまうという危惧こそ抱いてはいなかったが、やはり自身の恋人が他の男に狙われているとなれば、飯嶋としても気がかりで仕方がないというものだった。
それに、琉威とも早々に仲直りはしておきたい。
飯嶋はやがて寝室へと顔をのぞかせた琉威がベッドに入り込んだところを、すかさず抱きすくめた。
「琉威…ごめんな? 瀧の好意にお前が気がついてないんじゃないかって、不安だった」
驚くようなセリフが飯嶋の口から飛び出したが、琉威は瀧の名前が上がったことでまた動揺を隠せなくなってしまっていた。
「だから、それは絶対に違うから!」
「ふぅん…?」
瀧からの好意ではないとキッパリと言い切る琉威に、飯嶋も己の考えが揺らぎ始めた。
「じゃあなんで、琉威はオレと目が合わないのかな?」
琉威が違うと確信を得ているならば、別の確信があるに違いなかった。順を追って質問していけば、琉威の意図もみえてくるのかもしれない。
飯嶋は歩み寄るようにして琉威へと問いかけていった。自分と目が合わないのは、どうしてなのか。飯嶋はそれだけが知りたかった。
「友が…信じてくれないから…」
「うん? わかった、信じるよ。でも、藤間さんを好きだって子はオレには教えてくれないのか?」
「い…言わない!!」
(ーーやっぱり、名前も知ってんじゃねーか)
飯嶋は少しだけ嘘がみえた琉威を追求してやろうかと思い立つ。
「うーん。でもなぁ、誰だかもわからない奴を相手側に紹介すんのは、流石にオレとしてもできないんだよなぁ」
それは当然だろう。だったらせめて、紹介という形じゃなくてもいいから瀧と藤間の接点を作ってやりたいと琉威は願うばかりだった。
(はぁ…)
知らず出ていたため息を拾うようにして、飯嶋は琉威の唇を含むように重ねて舌を割り入れた。
「ふ、う…ん?!」
飯嶋はどうしても言おうとしないその頑なな口を緩めてしまいたくて、彼の舌を追いかけるようにして擦りつける。なす術もなく琉威は枕に沈み込められる形となった。
やがて離れた飯嶋の唇は、ニコリと口角を和らげた。
「ね? 名前、言ってくれたらちゃんと協力するから」
真上から見下ろしながら、飯嶋は最愛の彼からの返事を待った。
「…だめ。言えない…」
それでも口の端を結ぶようにして、琉威は視線さえもを逸らせてしまう。
頑なな琉威の態度からして、どうしても言えない理由があるのだろうと飯嶋にも予想ができた。
けっきょく飯嶋は諦めるようにしてため息を零す。
「わかった……。全く、しょうがないなぁ琉威は…」
(これも惚れた弱みというやつか)
飯嶋は納得はいかずとも琉威のその意志だけは尊重してやりたくて、見下ろす先で困った顔を返す琉威へと笑いかけた。
やっとのことで恋人からいつもの笑顔がみられた琉威は、思わず目元を潤ませる。
「ゆう…」
そんな琉威へと飯嶋は顔を寄せた。重なる唇の間から、琉威もやがて警戒心を解きながらもその舌を招き入れてゆく。
「オレの負けだな」
負けだと言いつつも、飯嶋の手はパジャマの下から琉威の素肌へと手のひらを滑らせて背中をかき抱く。一般的な男性よりかは細く小柄な琉威の身体をもう一度抱き寄せると、飯嶋は彼のパジャマをそのままたくしあげて胸元へと舌を這わせた。
「友…、ん…っ」
びくりと揺れる胸元のその一点を、飯嶋は執拗にその口で含め取った。飴を転がすように含んではそれへと舌を押し付ければ、琉威からは小さく抗議のように甘い声が漏れた。
「ユウ…っ! ア…ッ!」
対のように尖ったもう一つの先端を指の腹で潰せば、琉威の身体はいつものように大きく反り返った。
「ふ…っ! あぁ…っ! ユウ…!」
すっかり琉威の前は興奮で立ち上がり、切なげに先端から蜜を溢した。
琉威の腰がガクガクと飯嶋へと限界を訴える。
「ゆう…も…ぉ、お願…っ」
甘く訴える琉威の口を塞ぐようにしてキスを返すと、琉威の喉は苦しげに引き攣って応えた。
「うん。だから琉威…他の子のことはもう考えないでよ」
例え誰が琉威に近づこうとも甘い声で囁こうとも、琉威だけは自分のことをまっすぐに見ていて欲しい。その愛しいまでの視線を、素直に自分へと向けていて欲しい。
そんな願望を隠すこともなく飯嶋は彼の耳元へと呟いた。
「そんな…の…」
言われなくてもと、言葉すら返す余裕がないままに、飯嶋は琉威の中へと入り込んでゆく。
「あ…っ! ゆっ、待っ…!?」
いつもよりも動作が荒く感じたのは飯嶋が苛立ちを伴っていたからかもしれない。切羽詰まる思いがそうさせていたのか、飯嶋はまるで子供のように夢中になって腕の中の彼へと腰を打ち付けていく。
「ゆっ! ふ…っう…っ!?」
揺すりあげられる衝動に振り落とされないようにと、琉威もまた必死になって彼へとしがみついた。
「あっ、ゆう…っ! あっあ…っ!!」
どこか届かない気持ちを埋めるように抱き合いながら、どちらが先に果てたのかも知らず二人は無我夢中でキスを交わし合った。
乱れた息が落ち着きを取り戻し始めた頃になって、琉威は横で同じように寝転がった彼をみてふと口元を緩めた。
飯嶋からの嫉妬なんて琉威にとっては珍しいことでしかなかった。今更ながらどこかくすぐったさを感じてしまう。
「オレは、いつも友のことしか見てないよ」
改めて言葉にして、そんな彼へと琉威は伝えた。
琉威の何を疑っていたのだろうかと、飯嶋はまっすぐに己を見つめ返す彼の目を、やっと今になって捉えることができた。
「うん…ゴメン。琉威」
やり過ぎてしまった自覚はあったようで、飯嶋は居た堪れない自分の気持ちを覆い隠すようにして、そんな彼を両手でしっかりと抱き込んでいった。
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