霊感と脈を使った問い詰め。

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霊感と脈を使った問い詰め。

 端的な指摘。しかし心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。 「……そんなことは」 「誤魔化せねぇよ。君の全身を黒い靄が覆っている」 「……第六感、ですか」 「そういうこった」  元大学時代の先輩にして現奥さんであるこの人は、異様に霊感が強い。俺には見えないものも先輩の目には映る。お化けや妖怪なんかを避けたり手で追い払うのは日常茶飯事。出会って八年が経つ今では、そんな先輩の挙動に最初は少し戸惑ったものの、今ではすっかりこっちの生活の一部になっていた。だから先輩が黒い靄が見えると言うのなら俺の体に纏わりついているのだ。 「嘘吐きはもっと濃い黒をしている。その手前、嘘は吐いていないけど知られたくないことを抱えている、そんな色の黒靄だな」 「先輩、普段街中を歩く時にはずっと靄が視界を漂っているのではないですか」 「人間は隠し事だらけだからね。だが君から私に対する態度や発言の中には一切見えなかった。出会ってから、今日までは」 「当たり前です。俺は先輩に嘘や隠し事なんてして来なかったのですもの」 「だからこそショックだ。ずっと清廉潔白だった愛する旦那が、地方出張から帰って来たら腹に一物抱えていやがるんだ。正直に吐け。何を隠している?」  先輩から目を逸らし、時計を確認する。八時三十五分。 「言いたくありません」  そうか、と先輩は俺の手を取りダイニングチェアへ座らせた。膝がぶつかる距離で先輩も腰を下ろす。そして俺の手首を軽く握った。 「白状しないってんなら暴くだけだ」  真剣な眼差しが俺を貫く。ただ、瞳が少し潤んで見えた。罪悪感が込み上げる。それでも口を噤まなければ。 視界が先輩の顔でいっぱいになる。時計が見えないのが気になった。 「今から私が質問をする。だが君は口を開かなくていい。脈の乱れと靄の濃淡で当たりかどうかはわかるもの」  黙って一つ頷いた。抵抗はしない。されるがままに身を任せる。始めるぞ、と鼻を啜った先輩が低く切り出す。 「最初の質問。君は、地方出張中にエッチなお店へ行った」 「行っとらんわ!!」  反射的に否定を叫ぶ。答えなくていいとは言われたけど、これについてはちゃんと自分の口で違うと伝えたい! 「おい、動くなよ。脈が取れん」 「だって有り得ないですもの、先輩がいるのにピンクのお店へ行くなんて」 「どうだかね。旅の恥は搔き捨て、とはよく言ったものだ。私の目が届かないから羽目を外して二時間限りの関係でも築いたんじゃないのか」 「無い、無い。他の人なんて欠片も興味はありません」 「プロの技量を試してみたく」 「なってないから」  溜息が漏れる。 「プロは上手だぞ」 「俺、愛が無い行為に意味を見出せません」  途端に先輩が俯いた。こういうことは照れたりしないではっきり伝えなきゃね! 夫婦なんだし! 咳払いをした先輩は、では、と仕切り直した。 「行為は伴わなくても女の子とお喋りを出来るお店に行った」 「行ってません」  即座に否定をする。先輩は脈をはかりつつ、じっと俺を見詰めている。靄の濃度は変わらないと思うぞ。だって行っていないもの。 「本当か? 喋るだけで接触しないならセーフだろ、とか思って遊びに行かなかったの?」 「何で俺を旅先での遊び人に仕立て上げたいのですか。知らない人と酒飲みながら喋ることなんて無いですよ」 「それこそ相手はトークのプロだろ。こっちが黙って座っていても話題を振ってくれるんじゃねぇの」 「行ったことが無いから知りません」 ふむ、と小さく首を傾けた。 「脈の乱れ、靄の濃度、共に変わりは無し。ピンクのお店やお喋り出来るバーは今回の隠し事では無さそうだ」 「当たり前でしょ。俺は先輩一筋です。貴女だけが大好きです」  その言葉を聞いた先輩の頬が薄っすらと赤くなる。 「……隠し事をしている奴がよく言うよ」 だが小さな声でそう言われ、俺は再び黙り込んだ。では次の質問、とまだ赤い顔をした先輩が話を進めた。 「地方出張は、実は悪い仕事だった。世間に公表出来ないような悪どい取引と金の動きをしており、君はその片棒を担がされた。真面目な君は罪悪感を覚えつつ、仕事だから断るわけにもいかず、かといって私に打ち明けるのも嫌だから一人で抱え込んでいる」  黙って首を振る。違うか、と先輩は目を細めた。これも一応断っておきますけど、とまたしても俺は口を開いた。答えなくていいと言われた割に我ながらよく喋るな。まあ、事情をきちんと説明したいのもあるけど、わざわざ話を伸ばすのにはもう一つ理由もある。時計が見えないから、余計にそうする必要がある。 「うちの会社はそういうグレーな取引はしていませんよ。いや、そりゃあ下っ端の俺が知らないだけでどっかの誰か、或いは部署で裏工作ややり取りなんかはあるかも知れません。でも俺は知りませんし、片棒も担いでいないです」 「結局、潔白なのか怪しいのかどっちなんだよ」 「わかりません。俺には黒い靄も見えませんから」 「そこははっきり、大丈夫ですって宣言して欲しかったなぁ。嫌だぜ、将来不正取引で君がとっ捕まったりしたら。出所するまで待っていてやるが、色々面倒臭いじゃないか」 「面倒臭いってひどいな」 「世間様からの批判や誹謗中傷、ご近所からの白い目、その時子供がいたらいじめられるかもわからない。な? 霊感があっても人間関係はどうしようもないんだぜ」 「どこまでリアルに想像をしているのですか。ちなみに先輩、霊感が強いなら予知とか占いとか出来ないのですか」  あまり深く考えず問い掛ける。しかし、やめておけ、とこれまた真剣な眼差しで止められた。 「未来ってのは不確定だ。いくつにも枝分かれをしている。例えば君が隠し事をせず、今頃私が風呂へ入り、呑気に鼻歌を口ずさんでいた世界もあるわけだ。その中から、自分が歩むであろう可能性を探り当て、かつ本来知りえるはずの無い情報を盗み見する。ガチのマジでやる予知や占いはそういうことなんだ。リターンが大きい分、リスクも尋常でなくデカい。私がちゃんとやれば未来は見える。その分、この身にどんな不幸が降りかかるか。どれ程強力な呪いがかけられるか。どんだけおっかない怪異が現れるか。想像もしたくないね」  半分くらい、わからない話だった。霊感のある先輩と、全く無い俺。同じ家に住みながら、違う世界を見ている俺達は、だけど好き合って結婚をした。愛情って大事だな、と自分でも妙なところにしみじみと思いを巡らせる。 「つまり、本気で未来が見えちゃう先輩は実行しちゃうと大変な目に遭うからやってはいけない、と」 「そういうこった」 「成程。勉強になりました。ちなみにそういう知識や意見ってどこで学ばれたのですか?」 「……霊感体質には色々あるのさ。そして片手間にする話じゃない。いつか、君に伝えなければならない時が来たならば、その時は必ず教えてあげる」 「今は秘密ってことですね」 「うん。悪いね」  いいえ、と首を振る。さて、と先輩は改めて俺の手首を握り直した。一方俺は、尋問が始まってから何分が経ったのだろう、と 「仕事の不正も違う、か。後はそうさなぁ、貯金の使い込みでもしたか?」  その質問に迷いが生じる。確かに金は使った。でも二人で貯めているところから引き出してはいない。自分の口座から引き落としにした。だから貯金の使い込みではないのだが。ちょっと額が大きめだった。それに使うなら貯めろよ、とでも言われかねない。そもそも思い付きで実行に移したようなものだから、もっと考えろ、と注意されかねない。む、と先輩の手に力が籠る。 「おい、脈が速くなったぞ。貯金、使い込んだのか」  くっ、動揺が体に現れたか。完全に疑われているじゃないか。だけどそれならば。 「違います」  そう言いながら、わざとらしく顔を背ける。おかげで時計を確認出来た。午後八時五十五分。あともう少し! 「あ、お前、絶対に使ったな? 将来のためにって貯めているあの口座から下ろしたのか」 「下ろしてません」 「コラ、明後日の方角を向くな。私の目を見て言ってみろ」  その指摘に顔の向きを戻す。正面から先輩を見詰めた。 「下ろしてません」  はっきりと答える。ううむ、と先輩は唇を噛んだ。しばし見詰め合う。やがて、どっちだ、と先輩は絞り出した。 「脈は明らかに早いのに、靄の濃度は変わらない。隠し事をしているし、金にまつわることには違いない。だけど確信はつけていない。くそ、近くまでは来ているはずなんだが」  迷って。考えて。なるべく長く、時間をかけて。密かにそう祈ったところ。
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