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三日ぶりの再会。
小用を足し、トイレからリビングへ戻る。見上げた時計は午後八時三十分の少し前を指していた。妻である先輩は、いつも八時半頃に帰って来る。遅くなる、という連絡も無いから今日ももうじき帰宅するだろう。やけにそわそわするのは三日ぶりの再会だからか。いや、それだけではない。時計にもう一度目を遣る。自然と鼓動が高鳴った。その時、扉の開く音が聞こえた。
「たっだいま~」
風鈴みたいに涼やかな声が響く。小走りに玄関へ向かうと、スーツ姿の先輩が暗闇の中でパンプスを脱いでいた。電気くらい点ければいいのに。ともかく、お帰りなさい、と両手を広げる。
「おぉ、田中君。出迎えありがと。むしろ君こそお帰り。三泊四日の出張、ご苦労さん」
そうしてハグを交わす。唇を合わせようとすると、まだうがいをしとらんがな、と避けられた。残念。
「しかしゴールデンウィーク直前に出張なんて、君の会社も変わっているね」
「そうですか?」
「だって次の出勤は来週の水曜日だろ。出張の報告は五日間、お預けなわけだ。私だったら内容を忘れるね」
「逆にそのまま地方を旅行したいくらいでしたよ。でも交通費の申請が面倒臭くなるのでやめました」
「それがいい。公私は分けて考えた方が色々潔白でよろしいぜ」
喋りながらリビングへ向かう。途中で先輩は洗面所に行った。手洗いうがいをするのだろう。俺の目はまたしても時計に吸い寄せられる。きっかり八時半だ。見事だな、先輩。そう思っていると、あぁ疲れた、とぼやきながら入って来た。
「さてさて、しかし明日から休みだ。とっとと風呂を済まして、その後ゆっくり一緒に晩酌をしようじゃないか」
「賛成です。お土産に特産の漬物と、瓶詰めのツマミを買って来ました。楽しんでいただけると良いのですが」
ん、と応じながらスーツの上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外そうとした先輩であったが。ふと、目を細めた。俺をじっと見詰める。浮かべていた薄い笑みを引っ込め、代わりと言ってはなんだが訝し気に眉を寄せた。
「え、何ですか。俺の顔に何か付いています?」
問い掛けると、んん、と低い声で唸った。そっと自分の顔を撫で回してみる。しかし取れる物は無い。田中君、と先輩は厳しい表情のまま呼び掛けてきた。
「君、隠し事をしているな」
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