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「フレンド君とふれあおう」の広場にある木陰のベンチに座って、小学2年の2人の子供たちが遊ぶ様子を眺めながら、瀬谷響子と二谷聖美は話をしていた。
「警備員の数がやたらに多いわね」
親子連れがメインの会場で、警備員はその場の雰囲気とは異質のオーラを放っていた。
「なんでも、パンからの予告メールがあったそうよ」
「パン?」
聖美は素っ頓狂な声を上げた。
「あら、知らないの? パン オブ パニックと名乗って、これまで数回予告メールを学校とかデパートとかに送ったの」
「爆弾を仕掛けたっていうメール?」
「そういう破壊的な性質のものじゃないらしくて、ただのいたずらだろうっていう話だけど」
「パンって変な名前ね」
そこが問題だというように、響子は友人の方に向き直って話した。
「パンっていうのはギリシア神話に出てくる牧神で、羊や羊飼いを守る牧畜の神なの。山羊の角を生やしていて、それで予告メールに角のある姿で現れると書いてあるんですって」
「つまり、その角の生えた牧神の格好で現れるということ?」
今一つ腑に落ちないという口ぶりの聖美に、響子は説得力のある説明をした。
「パンはね、パニックの語源なの。昼寝していたパンを目覚めさせると、パンは怒って叫び声を上げて羊や羊飼いを驚かせて混乱させた、つまりパニックを引き起こしたという話」
「成程ね」
聖美が感心した面持ちで言った。
「それでね、まだ続きがあるんだけど」
という響子に、聖美は「何?」と身を乗り出した。
「パンっていう綽名の子がこの界隈にいるのよ。私の兄の子、今高校生なんだけど、その子が小学5.6年の時のクラスにいたって。なんでも、教室の中でもニットキャップやフードをかぶっていてーー特別に許可されたんでしょうけどーー一部の子が頭の角を見たらしくて、あいつは角が生えていると言いふらして、いつの間にかパンという綽名がついたんですって。ごく普通の子で、真面目で大人しくて、勉強がすごくできると聞いたわ」
「でもまさかその子が……」
「まさかね。本人だったら、偽名を使うはずよね。そのパン君のことを知っている誰かが、陥れようとしたのかしら」
2人の母親が熱心に話し込んでいるうちに、イベントは平穏裡に終了し、鍋島は安どの溜息を大きくついた。
5月の風が、その溜息を素早く吹き攫っていった。
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