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2,翔
皆川翔(かける)の頭には、生まれつき角が生えていた。
親はこれを何かの祟りだと怖れ、息子を養護施設に預け、事実上養育を放棄した。
翔は施設から小学校に通ったが、教師らの配慮によって角のことは隠され、露見したとしても決して差別やいじめにつながらないようにされた。
しかし角の秘密はじきに暴かれ、それは公然の秘密となり、鬼や悪魔ではあまりにも残酷だということから、ギリシア神話の牧神、パンという綽名が浸透した。
翔が小学4年の時、外科医の御木元五郎が里親になり、翔を引き取った。
外科医である御木元は医師仲間から角の生えた少年の話を聞いて興味を覚え、診察することを申し出た。
初対面の時、御木元は目のくりくりした愛らしい少年の頭に角が生えていることの不調和に、思わず驚きとも嘆きともつかない呻き声を漏らした。
彼は年老いてから頭に角が生えた人間の例は知っていたが、生まれつきというのは稀なことではないかと思った。
老化の一種として老木に瘤ができるような具合に角が生えるのは、それなりに理解できるが、このような若木に例えられるべき初々しい少年が、鬼のような忌まわしい角を持っているとは、なんという不条理だろう。
翔の角は、これまでに何人かの医師が見立てたとおり、皮角(ひかく)という腫瘍で、髪や爪と同じケラチンというたんぱく質で出来ていた。
生まれた時から生えているので、後天的に出来た悪性の腫瘍ではない。れっきとした、翔の一部分である。
切除することは可能だが、角がどのような意味や役割を持っているのか、成長するとどうなるのか、もう少し様子を見ることにした。
翔自身、元から備わっているものなのでさして違和感を覚えないようだった。
やや内気な翔だったが、それは角のせいではなく、生来の性格のようだと御木元は判断した。
初対面の時、御木元が最も感銘を受けた事は2つあった。それは、翔が角があることを嫌がったり恥じたりしていないことと、2つ目は翔の天才的とも言える頭の良さだった。
前者については、角を有するがゆえに実の親に捨てられたのだが、面会にも来ないという親に関して御木元は「淋しくないのか」と尋ねた。
翔の答えは、小学4年生とは思えないほど大人びていた。
「親が角があるから僕を避けるのなら、それは彼らにとって正当な理由なのでしょう。けれども僕自身は、角がある自分が嫌いではありません」
その返事だけで、御木元の少年を引き取るという意思は固まった。
加えて、施設長から聞いていた翔の成績が極めて優秀であるということも、御木元の心を動かした。
御木元は翔を里親として迎え入れ、小学校はそのままこれまでの所に通わせ、中学は大学迄一貫している学校を受験させた。
翔は期待に応えて、名門中学に合格した。
彼の前途は有望であり、彼の角は方位磁石の針のように、希望に満ちた未来を指し示した。
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