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4,疑惑
5月末のある平日の夕方、1人の警察官が御木元家に訪れた。
翔と良太は学校から帰宅していたが、五郎はまだ勤務先の病院から帰っていなかった。
母親の洋子が応対し、応接間に警察官を通した後、良太が呼ばれて応接間に入って行った。
翔と良太の部屋は隣り合っているので、翔は良太が呼ばれて階下に行く所をドアを少し開けて見ていた。
そして少し間を開けて自らも階下に降りて、応接間から出てきた母親に小声で「どうしたの」と訊いた。
母親は強張った表情を無理に緩めた。
「お父様の知り合いの刑事さんで、赤坂さんという方。何度か家に来たことがあるから、翔も知っているでしょ」
警察の人が父の知人として家に来たことはあり、翔と良太が紹介されたことはあったが、随分前のような気がする。父が留守の時の今回の訪問は、何かこれまでとは別の目的があるのではないか。
「どうして良太が呼ばれたの?」
「良太は赤ん坊の頃から知っているから…」
それが苦しい言い訳だと、翔は容易に見抜いた。
「ねえ、きのうパン オブ パニックの予告メールがアミューズメント施設に届いたって聞いたよ。それと関係あるのかな」
「な、なんでそんな……」
洋子は取り乱して、お茶を運んだお盆を落としそうになった。
「ほんの雑談をするだけよ。近くに用があって、そのついでに立ち寄ったそうよ。翔、なんでそんなことを言うの。まさか良太が怪しいと思っているんじゃないわよね」
「ちょっとこっちに来て」
と翔は母親を応接間に続く廊下から、リビングの中に招き入れてドアを閉めた。
リビングの出窓にはトロフィーや表彰状などが飾ってあったが、その半数以上は翔が獲得したものだった。
家族の写真も何枚か飾ってあったが、さすがにそこには翔より良太の方が多く写っていた。
翔は写真を撮られるのが嫌いだった。入学、卒業写真、クラス写真、家でのスナップ写真、いずれもキャップやフードをかぶった翔がその中にいた。
別に角を恥じて隠しているわけではないと、翔は呟いた。
角のある少年の噂をかぎつけて彼の写真を撮ろうとするマスコミのカメラマンや、良太のように角を忌まわしいものとして罵倒する者たち、そういう人たちから角を守るために隠すのだ。
家の中でも彼はずっとフードをしていたし、寝る時にはナイトキャップをかぶっていた。
それはすべて、大切な角を邪悪なものから守るためと、翔は唇を引き結んだ。
「何か話したい、ことがあるのね」
母親の問いかけにしばしためらった後、翔は打ち明けた。
「僕の部屋に、良太のキーボードを打つ音が聞こえるんだ。別に珍しいことじゃないけど。
でもその時何となく虫の知らせがあって、彼がトイレか何かで部屋から出た時、こっそり忍び込んでパソコンの画面を見たら、そこに「参上予告」っていう文字があって…」
翔の言わんとすることに気付いた洋子は、途中で口をはさんだ。
「でも、それは偶然か見間違いってこともあるでしょ?」
普段は優しい母親の責めるような剣幕に、翔はたじろいだ。
「わからない。ただ、僕はありのままを言っただけだよ」
翔はそう言って席を立ち、リビングから出て行った。
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