5,パン オブ パニックの正体

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5,パン オブ パニックの正体

パン オブ パニックを名乗る予告メールの犯人は、良太ではないか。動機は無論、翔を陥れるため。 そのような憶測が、御木元家の近所や翔と良太が通う高校で飛び交った。 警察に良太が怪しいという情報を流したものがいるという噂は、警察官が御木元家に来たことで裏付けられた。 良太を知る人間のうちで、彼なら翔を排除するためにそのような手段を用いるだろうという意見と、良太は卑怯な面はあるし人をいじめていたが、そんな大それたことをする度胸はないという思惑が交錯した。 梅雨に入ったある晩、翔は父親の五郎に書斎に来るよう言われた。 書斎には医学書の他、五郎が若い頃から集めた文学書が書棚にぎっしり並んでいた。 書斎には勝手に入ることを禁じられていたが、学校で図書室に入り浸っている翔は、そこの本を読むことを特別に許可された。 そんな書物の要塞ともいえる書斎にも、窓ガラスをとおして雨の音が聞こえた。 雨音は翔の心臓の音に絡んで、不安にさせた。 部屋に入った翔は父親の指示で、父と向かい合うよう配置された椅子に座った。 書き物机を背にして座った五郎は、含蓄を含んだ声で言った。 「君は良太のことをどう思うのかね」 「どうって……」 「好きか嫌いかと問われたら?」 五郎の鋭い眼光は、正直な答えを要求していた。 「嫌いです」 「うむ。私は良太も君も、2人とも好きだ。どちらも大切な息子だ。だから、どちらか一方を悪と決めつけることはしたくない。私は、良太の気持ちも君の気持も平等にわかる。 良太が君にひどい言葉を投げつけたことも知っている。君はその罵詈雑言を受け止めて、私に告げ口せずに自分一人で耐えた。そうだね?」 「はい」 この人物はすべてを見透かしていると、翔は畏怖に心を貫かれた。 「なぜだね」 「なぜって、お父さんに迷惑かけたくないから」 「人間には、許容の限度というものがある。どんな暴言にも耐える聖人君子に、10代の少年がなれるわけがない。傷ついた心は、吐け口を求める」 父親の言葉は、じわじわと核心に迫って来た。翔はたまらず、角を覆った布を払いのけた。 角が、彼の秘めた本心のように顕わになった。
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