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『王国を救いましょう。あなたのすべてを捧げてくれるならば』  ある日唐突に現れた神とやらは、そんな世迷い言をのたまった。上から下まで白銀をまとった男は大層美しかったが、うさんくさい微笑みがどうしても(かん)(さわ)る。私にとって不幸だったのは、そんな男が本当に奇跡の力を披露してみせたことだ。  生まれ育った王国はまさに滅びる寸前だった。国の南側で干ばつが続いたかと思えば、北側では長引く大雨のせいで洪水に見舞われる。東側でイナゴの大群に作物が食い荒らされたかと思えば、西側では大量の魔獣により人々が蹂躙されていた。流行り病が蔓延し誰もが絶望していた頃に、王国に向かって巨大な隕石が急接近してきたのである。  王都に集められた学者たちは絶望し、魔術師たちはできる限りの結界を張ったが、真っ赤に燃える巨大な星を防ぎきることなどできないと素人目にも理解できた。国外へ脱出するのは間に合わない。何より混乱に満ちた屋敷の外へ飛び出せば、逃げるどころか暴徒に襲われ命を落とすことになるだろう。  ここまでくれば、自分たちにできることは神に祈ることだけ。だからあの男がこの世に出現したのは、神頼みを選んだ私の自業自得だったのかもしれない。けれど、生きるか死ぬかの土壇場で神にすがることはそれほどまでに許されないことだったのだろうか。  神は回避不可能と言われた隕石をぽんっと爆発させ、きらきらと降り注ぐ流星群に変えると私に向かって求婚してみせた。一切の生きとし生けるものに啓示を与えながら。  ――王国を救いましょう。あなたのすべてを捧げてくれるならば――  ――幸福を授けましょう。あなたが僕を誠に愛してくれるならば――  ――永遠を約しましょう。あなたが恒久の平穏を望むのであれば――  あの忌々しい男が指輪代わりに私にくれたのは、底も見えないような深い真っ暗な穴だった。私の返事が遅れるたびに穴は少しずつ広がっていく。やがて王都だけでなく、王国をまるごと呑み込む大きな穴になるのだそうだ。この穴をふさぐ方法はただひとつ、私がこの中に飛び込むこと。何が神に選ばれし幸運の花嫁だ。単なる生け贄ではないか。 『僕は君のために隕石を止め、魔獣を消し、病を癒した。乾いた大地を潤し、溢れる川をなだめ、緑の大地を取り戻させた。今度は、僕にあなたの愛を見せてほしいのです。そう、その命を賭けて』  断られるなんて微塵も考えていない、それは美しい瞳で彼は穏やかに笑っている。今すぐ穴に落ちて死ねと言っているなんて思えないほど、透き通った綺麗な笑みだった。
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