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 自称神よりもよほど紳士的な男は、呼び出した私の姿を見て少しばかり困っているようにも見える。そのまま私の願いを聞くと、大層な望みだねと笑った。 『それで、君はこの世界を神もろとも滅ぼしたいと。対価は?』  きらりと光る眼差しに射ぬかれ、その心地よさに私は微笑む。神の御業を見せつけてから奇跡の対価を求めた神に比べて、取引の時点で差し出せるものを確かめる黒ずくめの男は、やはり信用できると思えた。 『神様とやらが欲しがった、女の魂と身体なんてどうかしら』 『それだけの価値が自分にはあると?』 『あらまあ、足りないと言われると困ってしまうわ。これ以上を求められても、差し出せるものはもう何ひとつありはしないのよ。私が気に入っているドレスやアクセサリーをもらっても、あなたも困ってしまうでしょう?』 『確かに』  いやこんなに美しい男なら、女もののドレスだって平気で着こなしてみせるかもしれない。ああそういえば、ちょうどいいものがあるではないか。私は自分の宝石箱をひっくり返すと、黒真珠のあしらわれた耳飾りを取り出した。  婚約者だった男に買ってもらったものではない。我が家に贔屓の商会が訪れた際に、私が選んで自分の小遣いで買ったものだ。彼は黒真珠が好みに合わなかったのか、はたまた婚約者が自身の贈り物以外のアクセサリーを身に着けることは甲斐性がないとあてこすられているとでも思ったのか、私が耳飾りを身に着けることをひどく嫌がった。だからせっかく気に入って買ったはずなのに、それは宝石箱の中で眠ったままだったのだ。 『ちょっと失礼。あらやだ、とっても似合うわ』  男の耳に着けてやれば、黒真珠の耳飾りは最初から自分はこの男の耳を飾っていましたよと言わんばかりにしっくりと馴染んでみせた。なるほど、元婚約者が嫌がった理由もわかるというもの。この黒真珠は、この男のためにあつらえられたものなのだろう。 『そうだわ、黒の絹紐があったわね。それで髪を結べばもっと華やかになって素敵だわ!』  部屋の中を探しに行こうとした私の手を、男はそっと優しく引き留めた。 『魂と身体だけでは足りない。心まで欲しい』 『あら、心も魂や身体のように瓶詰めにできるの? それならば遠慮せずにもらってくれて構わないのよ』 『心はわたしの力では、動かせない』 『意外ね。魔王さまともなれば、ひとの心なんてどうとでもなると思っていたわ』 『無理にこちらを向かせれば、心の色も形も変わってしまう。それでは意味がない』  そういえば、あの神とやらも言っていたではないか。『幸福を授けましょう。あなたが僕を誠に愛してくれるならば』と。なるほど、勝手に洗脳でもなんでもすればいいのにと思っていたが、そうしてしまうと欲しかった最初の色や形が歪んでしまうようだ。だから、私を追いこんで無理やりにでも自ら望む形で自分のそばにいることを望ませようとしたのだろう。 『本当に、なんてこと。ちなみに私の心は、どんな色や形をしているのかしら』 『少しずつ変わっているから、まだ何とも言えない。たぶん、あいつに出会ってから変化が起きているのだろう』  あの神とやらに出会ってから変化したというのなら、納得だ。それにしても、神を『あいつ』呼ばわりとは。昔からの腐れ縁のような関係なのだろうか。 『ちなみに、今の私はあなたの好みかしら?』 『ああ』 『そう、それならよかった』  私に差し出せるものがあって、本当によかった。そうして私はそのまま、黒ずくめの魔王さまと一緒に屋敷を抜け出し、この天空の城で暮らし始めたのだ。
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