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 魔王さまは、とても優しいひとだ。魂と身体と心をもらい受けると言ったくせに、いつまで経っても私を殺そうとはしない。それどころか、毎日、美味しい食事とお茶の時間をしっかりと取って、私にあれもこれも食べろと勧めてくる。 『これ以上食べては子豚になってしまうわ』 『だが、君はあまりにも痩せすぎている』 『もう、そんなに肉付きをよくしようとするなんて。頭からまるごと食べてしまうおつもりなの?』 『それもいいかもしれないな。君はいつ見ても美味しそうだから』  魔王さまと一緒にいると楽しくて、元婚約者や家族から受けた仕打ちは夢か幻だったのではないかと思えてしまう。けれど、夜ひとり寝台で横になっていると、あの白銀の男が夢に出てきて悲鳴を上げてしまうのだ。そうして、そのたびに突きつけられる。私は、愛した人々に愛されなかった無価値な女であると。  ある夜、いつものように悲鳴を上げて跳ね起きると、魔王さまが現れた。そっと優しく抱きしめられると、悪夢の恐怖も次第に和らいでいく。だから、私は涙を隠して勝ち気な顔で微笑むのだ。 『あら、ごめんなさい。うるさかったかしら?』 『君は、どうしてそんな平気な顔をする?』 『え?』 『泣きたければ、泣けばいいだろう?』 『でも、供物が泣くなんて鬱陶しいのではなくて?』  私が問いかければ、彼はひどく不本意そうに唇を尖らせた。普段は見ることのできないどうにも子どもっぽい仕草に、なんだか笑いがこみあげてくる。 『そもそも、君を供物だと思ったことはないが?』 『まあ、それではどうして私の呼びかけに答えてくださったの? 魔王という存在はいたずらに人間の呼びかけに答えるほど、暇ではないのでしょう?』 『君の祈りがあまりに美しかったから、つい気になってきてしまった』 『まあ、まるで愛の言葉ね』 『似たようなものだ』  直球すぎる言葉に赤面する。魔王さまは、私を動揺させるのがあまりにお上手だ。 『誰も君のためには涙を流してはくれなかった。だが、君だけは、君のために泣いてもいいのではないか?』 『そうね、そうかもしれない』  泣くなと言われていたから、ずっと我慢していた。死ぬことを求められていたから、彼らに屈しないように、ひとりで前を向いて強くあらねばならなかった。  でも、私には魔王さまがいる。いつか、私を食い殺すであろう魔王さま。でも彼はたったひとり、私の心の痛みに寄り添ってくれた。この方になら、私の心をあげてもいい。いつの間にか、私は自然と彼に私の心を捧げていた。そのことを、魔王さまに伝えるつもりはなかったけれど。
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