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すごく好きな人がいた。
その人は生まれた時から隣に住んでいて、当たり前のようにそばにいた。どこまで記憶を遡っても彼がいない時はないくらい、ずっと一緒にいた。だからその想いが『恋』に変わるのも自然な事だった。
当たり前にいる存在が、いないと落ち着かなくて、そして他の人と話していると嫌な気持ちに襲われる。
それがなんなのか。
分かるのはそう遅いことではなかった。
自分は彼が好きなのだと気づいた時は、そんな事を思うのはおかしいのではないかと悩みもした。けれどそれが自分だけではなく、彼も同じだと分かった時は、どんなに嬉しかったことか。
それでも、もしも自分たちが同性同士だったらどうしようと、不安に押しつぶされそうになったこともあった。けれど、その度に彼は『そんなの関係ないよ』と笑って僕を安心させてくれた。だけどそんな心配をよそに迎えた第二性診断で、僕たちがアルファとオメガであると分かった時は、本当にほっとして嬉しくて涙が流れた。
そこからはなんの不安もなくなった。
元々お隣同士で家族ぐるみの付き合いをしていた互いの両親たちに自分たちのことを報告し、両家からも祝福され、僕たちは晴れて公認の恋人同士になった。それから同じ高校に進学し、大学合格を機に家を出て二人で暮らし始めた。
大学は違ったけど、お互い順調な学生生活を送り、着実に愛も育んでいった。
幸せだった。
ずっと一緒に育ってきたせいか、相手のことをより深く感じることが出来た。番ほどではないにしろ、お互いが強く結びつき、思いも通じ合えていた。だからそんな僕たちは、当たり前のようにずっと一緒にいると思っていた。
漠然とあった将来の計画。
大学を卒業して就職したら、結婚して番になろう。そして生活が安定したら、子供をもうけよう。二人がいいね。出来れば一人目は女の子で、二人目が男の子。でも元気だったらどちらでもいいね。
そんなことを考えながら、ただただ幸せな日々を送っていた。互いの両親も僕たちのことを応援してくれていて、早く僕たちが結婚することを待ち望んでくれた。
だから就職も決まった大学4年の時に、改めて彼からプロポーズをされた時は本当に嬉しくて涙が止まらなかった。いつも将来を語り、結婚することを当たり前だと思っていたから、まさかプロポーズしてくれるとは思っていなかったのだ。それを僕には内緒で指輪を用意し、膝をついてくれた彼に、僕は一も二もなく抱きついて泣きながら頷いた。
本当に、こんな幸せがあっていいのかと嬉しさでいっぱいだった。
だけど、その日は突然やってきた。
それは何もないいつもの昼下がり。
天気もいいからと、少し遠出をして桜を見に行くことにした。
突然思い立ったお花見。
初めて行くその公園は満開の桜を目当てにたくさんの人がいた。そんな中で迷子にならないようにと繋いだ手の先で、突然彼は足を止めた。
どうしたのだろうと見上げた彼の顔は、僕が見たこともない表情だった。
わずかに開いた唇は震え、眉根を寄せた目は見たこともないほど真剣にある一点を見つめていた。そして感じる、自分との間の見えない壁。
今まですぐそこに感じていた彼の心が、突然見えない壁に阻まれたように感じなくなった。それは頭で理解するよりも早く心が敏感に感じ取り、僕は例えようもない不安に襲われる。そして本能が恐怖した。それは何に対しての恐怖だったのか、その時の僕は分からなかった。だけど怖くて僕は彼の握った手を引っ張り、そして名を呼んだ。なのに彼はそんな僕には目もくれず突然その手を振り払い、驚く僕を置いて走り出した。
何が起こったのか。
暖かい春の昼下がり、周りは桜を見に来た人々で賑わっていた。なのに僕の周りだけ時が止まったように凍りつき、あっという間に僕は彼を見失った。
すぐに動けなかった。
見たことも無い顔をして、僕を見もしない彼。
そして僕のすべてを拒絶し、僕の前から姿を消してしまった。
あの優しい彼が、まるで僕の存在を分かってないかのように僕を無視して行ってしまった。その信じられない出来事に、僕の頭は真っ白になって動けなかった。
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