1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「ふう……。食べた、食べた」
テーブルの上の料理をたいらげて、「これ以上は食べられない」と言わんばかりに腹をさする。
「よく食べたわねえ」
呆れたような、感心したような声を真美が上げた。
別に俺一人で食べ尽くしたわけではなく、彼女も一緒になって食べたのだから、この態度は少し奇妙に思える。クスッと笑ってしまうが、彼女が不思議そうな目を向けてきたので、適当に誤魔化すことにした。
「いや、ほら……。ケーキがケーキらしくなかっただろう? でも、だからこそ食べやすかったというか……」
「ケーキらしくなかった、って……?」
「ああ、色も黒っぽかったし……。それに、思ったより甘くなかったから、食べやすかった」
先ほどの「食べやすかった」を繰り返す。
俺は男にしては甘党だと自覚しているが、もしも食後の満腹状態でドカッと甘いものを大量に出されたら食べられないだろう。「甘いものは別腹」という言葉は、女性にしか適用されない特殊ルールだと思う。
「あと、ちょうど量も適度なケーキだったな。『クリスマスケーキといえば白いホールケーキ』って思ってたけど、それだと二人じゃ食べきれないもんな」
「ホールケーキにも、サイズは色々あるけどね」
と、俺の固定概念に対して苦笑してから、真美は蘊蓄を語り始めた。
「ブッシュ・ド・ノエルって、薪とか切り株とかをイメージして作られてるから、普通は茶色なのよね。こんなに黒っぽくなくて」
「へえ、そうなんだ」
こういう時は、気持ち良く語らせてやった方がいい。経験からそう判断して、俺は話を促した。
「茶色になるのは、ココアクリームを塗るからなんだけど、今日のブッシュ・ド・ノエルだと、チョコレートを使ってたみたい。それも、かなりビターテイストのチョコレート」
「ああ、だから甘さ控えめだったのか。それに『かなりビターテイスト』といっても、口当たりの良い苦味だったなあ」
「うん、そこは私も認める。材料のチョコも高級品っぽいし、このケーキ自体、高かったんじゃないの?」
……ん?
半ば聞き流していた俺は、妙な引っ掛かりを感じる。
よくわからない、ゾワっとした感覚。だが、それがハッキリとした形になる前に、真美は話を先に進めていた。
「でもね、そもそもブッシュ・ド・ノエルって言葉自体が『クリスマスの木』を意味してるのよね。だから黒くしちゃうのは、ちょっと……。だいたい春樹だって、私の『木南』って名前に合わせて『クリスマスの木』にしたんでしょう?」
違和感が、ようやく形になった。
「いやいや、ちょっと待て。その言い方だと、まるで俺がケーキを選んだみたいじゃないか」
「あら、違うの? じゃあ、ケーキ屋の店員さんにお任せ?」
「そうじゃなくて、これ用意したのは、真美の方だろう? 真美こそ『小森春樹』に合わせて、丸太のケーキを選んでくれたんじゃないのか?」
「……え?」
ただでさえ大きめの目を丸く見開いて、彼女は最大限の驚きを顔に浮かべる。
この時点で初めて、俺たちは気づいたのだった。
互いに、相手が買ってきたケーキだと思い込んで食べていたことに。
二人とも買った覚えのないケーキが、いつのまにか冷蔵庫に入っていたことに。
最初のコメントを投稿しよう!