黒いクリスマスケーキ

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    「えぇっと……」  俺の目の前では、真美がユラユラと合鍵を動かしている。まるで催眠術師が操る五円玉のように。  それにじっと視線を向けながら、とりあえず俺は口を開いた。 「……元カノが合鍵を使って部屋に侵入した、って言いたいのか?」 「そうよ。どうせ春樹のことだから、今までの女の子たちにも、鍵は渡してたんでしょう?」  拗ねたような声で、真美は俺を問い詰める。  俺は静かに頷いた。  確かに、誰が相手であっても、付き合い始める時に部屋の鍵を渡している。交際スタートを示す儀式みたいで、それ自体が嬉しかったのだ。  ただし、だからといって恋人が俺の部屋に入り浸るわけでもなく、部屋に来てくれるのは俺がいる時だけだから、合鍵の存在意義はなかったのだが……。  まあ真美にしてみれば、自分が半同棲状態のような付き合い方だから、今までの女も同じだったと思い込んでいるのかもしれない。 「でもさあ。別れる時には、ちゃんと返してもらってるぜ? そもそも俺がフッたんじゃなくフラれる(がわ)だから、元カノが俺に未練なんて……」 「そう、そこよ!」  何を思ったのか、真美は口をとがらせて、俺の話を遮った。 「要するに、春樹の方から嫌いになったわけじゃないんでしょう? まだ春樹は好きだったのに、仕方なく別れたんでしょう? だったら相手がストーカー化して『やっぱり春樹とやり直したい』って言ってきたら、よりを戻しちゃうんじゃないの?」 「いやいや、それはおかしい。だいたい『鍵は返してもらった』って言ったろ? だから……」 「鍵なんてどうでもいいのよ! そんなもの、こっそりスペアを作っておいたとか何とか、いくらでも説明つくもん! 大事なのは春樹の気持ち! 好きだった女の子からストーカーレベルで執着されたら、嬉しくてそっちへ戻っちゃうんじゃないの?」  ああ、これは……。  いつのまにか、理屈ではなく感情論になっている。  そう思いながら、出来るだけ優しい口調で、ゆっくりと答える。 「なあ、真美。そんなわけないだろう? 確かに別れた時点では、まだ気持ちも残っていたさ。でも今は違う。断じて違う。今の俺が好きなのは、真美ただ一人だよ」 「本当……?」 「ああ、本当さ」  気恥ずかしくなるくらいに大げさに、キザな笑顔を浮かべてみせた。照れている場合ではない、と思ったからだ。 「それ、証明できる?」  そんな証明なんて無理だ。理屈ではそう言いたいところだが、どうせ言っても無駄だろう。  俺はギュッと真美を抱きしめながら、耳元で囁いた。 「愛してるよ、真美」  すると先ほどの剣幕が嘘みたいに、彼女は静かに呟く。 「……わかった」  ソッと俺の腕を振りほどき、 「私、お風呂場で顔洗ってくる。春樹もリラックスして、ちょっと待っててね!」  一人、バスルームへ消えていった。  取り残された俺は、何もせずに座ったまま、真美が口にした言葉を改めて思い浮かべる。 「ストーカーか……」  俺の元カノたちが、そんなものになるはずないのだが……。  そういえば、今夜、帰宅途中で感じた視線と気配。あれこそ、いわゆるストーカー的なものだったのではないのか……?  俺は妙に背筋が寒くなって、部屋の暖房を少し強くするのだった。    
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