黒いクリスマスケーキ

7/7
前へ
/7ページ
次へ
     かなり後になって、警察の捜査も完全に終わってから、ようやく教えてもらえたことだが……。  あの夜、俺たちを襲った女性。彼女は、前の住民の元カノだったという。あの部屋で俺の一つ前に暮らしていた男が当時、付き合っていた相手だ。  その男は甘いものが苦手だったので、彼女は今回もビターなチョコレートケーキを用意したのだった。  つまり、あの女は差し入れの相手を間違えていたのだ。今でも昔のカレが同じ部屋に住んでいると思い込んだまま、数年ぶりに復縁したくなって、誰もいない間に忍び込み、冷蔵庫へ入れておいたらしい。  付き合っていた頃は、そうやって留守中に上がり込んでプレゼントを仕込んだりするのを『サプライズ』と称して喜んでいた。そういう習慣の二人だったそうだ。 「そのために、彼は私に合鍵をくれたのよ……」  彼女は、しみじみと呟いたという。  元々は二人で食べるつもりのケーキだったからこそ、特におかしなものは混ぜていなかったのだろう。ストーカーじみた行動に出る女ならば、薬を盛ったり、髪の毛とか爪とか入れたり、色々やっても不思議ではないだろうに。  そんなケーキでなくて良かった。これだけは、不幸中の幸いだったと思う。  この話を聞いて少し納得したのが、襲撃時の「なんで勝手に食べちゃうの! しかも、こんな雌豚と一緒に!」という発言だ。ストーカー女の思考回路なんて理解したくないけれど、一緒に食べるつもりのケーキを他の女と二人で食べられてしまったと思えば、ああいう言葉が出てくるのも、わかるような気がする。  わからないのは、彼女が俺を目視した後でも、元カレだと思い込んでいたこと。電柱の(かげ)から見守っていたのも彼女だったわけだが、いくら暗い夜道とはいえ、見間違えるものなのだろうか。それほど、その男と俺は背格好が似ていたのだろうか。  それに、ケーキを冷蔵庫に入れる時、部屋の備品がすっかり変わっていたことに、気づかなかったのだろうか。  だが、これに関しても警察の人が説明してくれた。 「新しい女に合わせて変更したのね! 髪型もファッションも、そして部屋の模様替えまで! それほど新しい女に入れ込んでいるのね!」  彼女は、そう受け取っていたそうだ。  なお、事件の後。  当然のように、大家さんに言って、部屋の錠前は交換してもらった。二度と、以前の住民の関係者に侵入されないように。  そして、この一件を教訓として……。  その後。  大学院を修了し、就職した俺は、転勤などもあり、何度か引越しを経験することになった。もちろん、まだマイホームを建てるほどの身分ではないので、賃貸住宅の連続だ。  そうやって新しく入居する(たび)に、たとえ契約書に書いてあろうとなかろうと……。  俺は不動産屋と家主に頼み込み、きちんと立ち会って確認した上で、錠前は必ず新しいものに付け替えてもらっている。 (「黒いクリスマスケーキ」完)    
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加