黒いクリスマスケーキ

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     静かな住宅街の、暗い夜道。  学生向けのアパートが多い区域であり、こんな時間でも、いつもはそれなりに人通りがあるのだが……。  今は誰の姿も見えなかった。おそらく学生たちも、それぞれ部屋で恋人あるいは友人たちと、楽しいひとときを過ごしているのだろう。  そう、今夜はクリスマス。かくいう俺も、恋人の待つ我が家へ、足取り軽く急いでいるのだった。  真美(まみ)は俺より三つ年下で、まだ学部学生だから、大学院に通う俺とは微妙に生活サイクルが異なる。  下手をするとすれ違いになりかねないが、それでも「なるべく一緒の時間を過ごそう」ということで、付き合い始めてから彼女は俺の部屋に入り浸っており、いわゆる半同棲状態だった。  それはそれで嬉しいことだが、今日に限って言えば、もっと大きなハッピーがある。  今年の聖夜は、俺にとって「恋人がいる」という状態で迎える、初めてのクリスマスなのだ! 「いやあ、一人じゃないクリスマスって、こんなに心が温まるものなのだなあ」  寒空の下、ニヤニヤしながら、独り言と共に歩く。  はたから見たら、さぞや気持ち悪いに違いない。場合によっては、不審人物として通報されるかもしれない。  周りに誰もいなくてよかった。  ちょうど、そんなことを思った時。  ふと、背後から、人の気配と視線を感じた。 「……!」  俺は歩き続けたまま、首だけでバッと振り返ってみる。  大丈夫、誰もいない。  いや。  十数メートル先にある、一本の電柱。今一瞬、その(かげ)に誰かがサッと隠れたようにも見えたが……。気のせいだろうか。 「……何か用ですか? 誰かいますか、そこに?」  少しの間、足を止めて、その電柱の辺りを凝視してみる。だが、人が出てくる様子はなかった。 「なんだ、やっぱり気のせいか……」  電柱に話しかけるなんて、滑稽なことをしてしまった。  俺は自分に苦笑してから、また前を向いて、家路を急ぐのだった。    
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