第19章 山鹿家の人々

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第19章 山鹿家の人々

「ましろちゃん。…あやとり。しよ?いまだめ?」 ひよこがぴよぴよいうような甲高い細い声。ほとんど足許っていうくらい、びっくりするほど低い位置からいきなり話しかけられるのもびびる。 ここまで小さい子って、村にもいなかったからいろいろと新鮮だ。わたしは笑顔で山鹿家のお嬢さん、まだたった四歳のミナミちゃんを見下ろして頷いた。 「いいよ、大丈夫。じゃあ、ちょっと待ってね。この粉挽きが終わったら…」 「みなみもてつだう。こなしき」 『ひ』と『し』の発音がまだ上手く区別できない。舌の回らないたどたどしい喋り方に思わずふふっとなった。 台所にいたミナミちゃんのお母さんがその会話を耳にしてこっちへとやってきた。 「ましろちゃん。粉挽きはわたしが続き、やっておこうか?」 「えーでも。みなみこなしきする!ましろちゃんと」 さっきまで目を輝かせてあやとりの紐を振り立ててたのに。いざ粉挽きの薄を回すっていう話 になったら、そのことで頭がいっぱいになってしまった。そんな風に目先のことにすぐに振り回されて初めに考えてたものがすっ飛んでしまうところも、いかにも小さな子どもらしい。 「普段は石臼触らせてもらえないから。こういうとき、お客さんと一緒ならワンチャンありと思ってるな。我が子ながら読みが深い… 」 この家の奥さん、ミナミちゃんの母親のミヨシさん。健康的なふっくらした頬を綻ばせて苦笑した。わたしは一緒になって笑い、彼女に請け合ってみせる。 「少しだけ、ミナミちゃんに一緒に回してもらいましょうか?危なくないようにわたしがしっかり押さえてるので。…じゃあ、三周ね。すごく重いから。もっと大きくなったら、お母さんにお願いして回数増やしてもらうといいよ」 「大きくなったらこっちがお願いして、この子はえーって言うようになるわ、きっと」 ミヨシさんは苦笑いを浮かべたまましょうがなさそうに肩をすぼめた。うん、確かに。自分のちっちゃい頃をつい思い浮かべるなぁ、この流れ。 「駄目って言われるとやりたいんだよね。…じゃあ、ここ両手で持ってね。指絶対挟まないように気をつけて」 しっかりと下部を押さえて持ち手を掴んで回すように教えてあげる。案の定小さな子には重すぎるみたいで、まわんない!とうんうん言いながら四苦八苦してた。 一緒に回そうか?と言って持ち手にわたしも手を添える。そばで見守ってるお母さんと目が合って、何となく二人でにっこりと笑った。 わたしとアスハはこの一週間ほど、この親切な山鹿家のみなさんのところでお世話になっていた。 一家はおじいちゃんおばあちゃんと、お父さんお母さん。それから五歳の男の子、ヒュウガくんとミナミちゃんの兄妹だ。林の一部を拓いて畑と畜産をやって暮らしている。 「おじいちゃんとおばあちゃんが元旅の子のカップルなの。そういう人たちは、特にあの年代ならまだ使えそうななるべくきれいな空き家を選んでそこに定住するのが一般的だったらしいんだけどね」 ミヨシさんがわたしにそう教えてくれたところによると。 当時はまだ(今より多少は)旧時代の建物も保存状態がましだったので、椅子取りゲームみたいによい状況の物件を早いもの勝ちで取り合うのが普通だったのに、何故かお二人はあえて人けの少ない場所を選んでこつこつと気長に自力でホームメイドの家を建てたらしい。 「何年もかけて、住みながらゆっくり完成させたんだって。うちの人が子どもの頃はずっと長いこと建築中だったって聞いてるわ。でも、それだけの手間をかけただけのことはあって、すごくしっかり作られたいい家よ」 おじいちゃんとおばあちゃんに感謝しなきゃ。と彼女は笑ってそう言っていた。 当のお二人は今でもばりばり現役、大変活動的でワイルドな人たちで、ほとんどの時間を野外で過ごしている。 とにかくじっとしているのが性に合わないたちらしく、常に動き回って働いてる感じ。お父さんの方も畑や家畜の世話で忙しいから、普段はまだ小さいお子さんのいるミヨシさんがほとんど一人で家のことを一手に担ってる状態らしい。 「まあ、外で狩りをしたり山じゅう歩き回って山菜採りをしながら子育てしなさいと言われるよりは全然いいし。あなたは無理しないで子どもたちのそばで一緒にゆっくり過ごしてあげて、と言われるのは優しさだってわかってるんだけどね。…でも、ときどきはわたしだって大人と話したい!って切実に思うことがあるのよ、ないものねだりなのはわかってるんだけどねぇ」 家族以外の大人がやって来て大喜びのヒュウガくん(今はお父さんと一緒に釣りに出かけてる)とミナミちゃんの相手を積極的に引き受けるわたしに感謝してくれながら、彼女はこっそりそんな本心を打ち明けた。 わたしはむしろ、こんな小さな子と接する機会が新鮮で。可愛いし一緒に遊ぶの楽しいなぁとしか感じなかったから適当に相槌打って同意を示す。もちろん、こうやって呑気にただ可愛いとだけ思えるのは彼らが自分の子じゃなくて無責任な立場で触れ合ってるからだって事実は頭ではちゃんと理解はしてるし。
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