第19章 山鹿家の人々

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現実に自分の生んだ子を育てた経験があるわけでもないので、それもただわかったつもりなだけに過ぎないってのも。当然重々承知ではあるけどね。 「わたしは弟いるけど歳が近いから。自分よりすごくちっちゃいお子さんてこれまで身近にいなかったんで、めちゃくちゃ可愛くて楽しいです。でも、確かにこれがずっと毎日の日常だったらたまには普通に大人と会話したいなって感じることもあるのかも。単純に違いますもんね、話す内容とか会話のテンポも」 すぐに『こなしき』に飽きて床に転がってる積み木で遊び始めてしまったミナミちゃん(『おてつだいおわった。ましろちゃん、はやくね。こなしきおわったらあやとりね、やくそく』)にうんわかったよ、ちょっとだけ待っててね。と返して急いで粉挽きを終わらせようとするわたしに、ミヨシさんはうんうんと深く頷いてみせた。 「そうなんだよね。可愛いしもちろん大事だし、全然嫌とかではないんだけど。やっぱり昼間ずっとこれだから、夜にはもう誰かとまとまった話したくなっちゃう。だからこの子たちが寝たらお父さん捕まえて、その日あったことをばーっと話すの。向こうも疲れてると思うんだけど」 「ああ。うちの母もよくそうやって、夕ご飯のとき父と話してました」 わたしたちが大きくなったらあんまりやらなくなったけど。あれは子どもとしか話せない昼間の鬱屈を、家庭内で唯一の気を許せる大人にぶつけてたのか。 「ましろちゃん。…あやとり」 「はいはい」 ミナミちゃんに急かされるわたしに、続きはわたしがやっとくから。いつも悪いわねと言ってミヨシさんは作業を代わってくれた。 ミナミちゃんは四歳とは思えない器用な手つきでぱっぱっとあやとり糸を指にかけてみせる。すごく手慣れてるから、普段からやり込んでいるんだろう。 おぉ〜、と感心して素直にぱちぱち手を叩いてあげるとちょっと得意そうな顔になり、それからふと思いついたようにわたしの目をまっすぐ見据えて口を開いた。 「そいえば。…おにいちゃん、まだおびょうき?いつになったら。みなみとあそべる?」 やけにかっこよく美化されたアスハが彼女の脳裏に浮かんで、不意を突かれて笑い出しそうになり慌てて顔を引き締める。 いかん、油断したら。変な反応しちゃってミナミちゃんはまだともかく、横で聞いてるお母さんには不審に思われるって。 この問いかけで反射的に吹き出したら何で?と首を捻るのは間違いない。幼い娘さんが無邪気に顔見知りのお兄さんの病気の心配してくれてるってだけだ。彼女の脳内のきらきらアスハの虚像なんて、思い浮かべてる本人以外は全然知る由もないんだから。 「もうそろそろよ。お熱も下がってご飯も食べられるようになったし。ミナミやヒュウちゃんにうつらない、ってはっきりしたら一緒に遊べるようになるから」 わたしが適当な返事を思いつくより早く、臼をごりごりと回しながらミヨシさんが娘に言い聞かせるように優しい声で答えた。 ミナミちゃんの頭の中の見知らぬイケメンアスハがぐっとどアップになり、わたしは小刻みに震える肩を何とか抑えて表情を見られないようそっと俯く。 「ほんと?…やった。みなみねぇ、おにいちゃんだいすき。おとなになったら…」 お兄ちゃんのお嫁さんになるの。と言いかけ、ふと彼女が脳内で我に返ってわたしの方に意識が向くのが見えた。 そういえば、前に来たときお兄ちゃんは一人だったけど。今度はましろちゃんを連れて来たってことは、もしかしてましろちゃんがお兄ちゃんのお嫁さんってこと? 確かパパは、明日葉くんはお嫁さんを見つけるために旅に出なきゃいけないんだぞって言ってた。それで、女の人と一緒にいるってことは。…お兄ちゃんてみなみが大人になるのを待たないで、もうお嫁さん決めちゃったのかな…。 と、いうような思考がそのままの言葉でじゃないけど(四歳児の語彙ではおっつかないらしい。だからニュアンスだけ)一瞬で目まぐるしく展開したあと、おもむろにすすす、と彼女の脳内のきらきらアスハの像が萎んでいく。 お子さんを無闇にがっかりさせるのは本意ではない。現にわたしとあいつは何でもないんだし、そのことをちゃんと正直に話して安心させてあげないと…と口を開きかけたとき、横でミヨシさんがこちらに眼差しで何かを訴えかけてごく小さく首を横に振ってみせてるのに気づいた。 『二人が結婚を約束してること、別に今ここで否定しなくていいの。下手に夢見させると、小さい子があんまり本気になっちゃうのも。あとでフォローに困るし…』 なるほど、そういう考え方もあるのか。 わたしが妻の座に座る可能性については今のところ特に大きいとは思えないが、それはそれとして当年とって四歳のミナミちゃんが成長するまでの十余年の間アスハが独身のままでいるかというと。…普通に考えて、どっかの時点で押しの強い女に迫られて抗いきれなくてぐだぐだに所帯持ちになる確率が高そう。 わあわあやり合うくらいならもういいや、とめんどくさくなってすぐ心が折れそうな人だからな。てか攻略法は多分そこにしかない。
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