第19章 山鹿家の人々

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だったら、ひと回りも歳の違う男の子との将来に希望持たせるよりも。大好きなお兄ちゃんが好きな人と幸せになるの嬉しいね!って方向に出来るだけさり気なくソフトランディングさせていきたいとお母さんが内心で願うのもまあわかる。思い続けてれば夢は叶うっていうのとは違う話ではあるわけだし、さすがにこういうのは。 だから夢を容赦なく打ち砕くとまではいかないでも、この子に遠慮してわたしたちそんな関係じゃないよ。明日葉くんが好きならわたしはミナミちゃんを応援するね、頑張って!とか余計に乗せてけしかけるのはやめて…という切実な祈りを表情に滲ませて言外に匂わせてくる。 きっと、小さい子が本気になってそんな適当な言葉を信じてしまうとあとが大変なんだろうなぁ。と思うとミヨシさんの目が案外まじなのも頷ける。 だから、今ここでミナミちゃんの希望を挫くのも淡い恋心を面白半分で気軽に煽り立てるのもやめにした。彼女のアスハに対する気持ちに気づかないふりで、ごく常識的な普通の対応に終始することにする。 「お兄ちゃん好きなんだね。前に来たとき、仲良くしてもらったの?」 床にぺたんと座り込んで片手に積み木を握りしめたまま、ぽかんと口を開けてたミナミちゃんはそんなわたしの問いかけで一気にぱあっと笑顔になった。 「うん!あしたばにいちゃん、かっこいいから好き。キジとかやまばとをとるのもうまいんだよ。ゆみやでね、びゅっと。…すごいの」 「話で聞いてただけでしょ。駄目よミナミ、狩りをしてるときに近づいたら。危ないんだから」ひやひやして横から口を出してくるお母さん。そりゃそうだよな、大人だって下手したら危ない。かっこいいお兄ちゃんが見たい!とか言い出してこっそりあとつけたりしないように真剣に言い聞かせなきゃ…と焦る気持ちが伝わってくる。 外部の人との接点が少ない場所に住んでるから我が子がいろんな相手と少しでも交流できる機会は基本的に歓迎だけど、何か間違いがあったら。とお母さんの立場としてはやきもきするのもよくわかる。 「これは。…もしかしたらインフルエンザかもねぇ」 あの日、ぐったり弱ったアスハを家の中に運び込んでもらい、一室に寝かせたあと。ふむふむと彼の状態をチェックしてたおじいちゃんは振り向いて、わたしとその場に居合わせてたミヨシさんにそう呟いてみせた。 「いんふる。…エンザ?」 昔の本の中でそういう病気が出てきたような。とわたしはおうむ返しに口にしながら懸命に記憶の奥におしやったがらくたをひっくり返してみた。 「なんか、風邪のひどいやつだったような。…えと、うつるんですよね?確か」 「それってかかると重いの?子どもたちは。大丈夫かな…」 真っ先にそれを心配するお母さん。まあ、そりゃそうだよね。 うつる病気の人を担ぎ込んですみません。と肩を縮こめるわたしに、おじいちゃんは温厚な表情のまま落ち着いた口調で言い聞かせた。 「しばらくこの別室で休んでてもらった方がいいね。熱が下がって体調がよくなるまで…。子どもたちは明日葉くんに会いたいだろうけど、元気になるまで再会は我慢だな。ましろさん、だっけ。あなたに彼のお世話をお願いしてもいいかな?」 このミヨシさんは子どもたちと接する時間が長いから。万が一のことがあるとやばいからね、とやんわりと念を押された。 お母さんを介して子どもたちに病気がうつるといけないし、どうせわたしはもうここに来るまでにアスハとばっちり接触してしまってるから。 つきっきりでお世話をするという名目でしばらく一緒にここで隔離されてた方がいいってことか。言うまでもなくその通りなのでこちらに否やはない。素直にこくこくと頷いた。 「はい、それは。もちろんです」 もっとも、アスハの熱が落ち着いてからもわたしの体調が変化する兆しは全くなかったので結局、こちらの隔離は一歩早めに解除されたが。 アスハも幸いそれ以上容態が悪化することもなくて、しっかり暖かい部屋でゆっくり休養することでみるみるうちに回復していった。 今でもまだ別室にいるのは一応、念のため。子どもたちとは接触してないけど、大人たちとはもう普通に顔を合わせて会話もしてる。 「みなみね。おにいちゃんのおみまいしたい。だから、あとでおはなつむの。ましろちゃんもいこ?」 「お花はどうかなぁ…。この時季、何か咲いてるといいけど…」 何なら山菜とか柿やどんぐりの束でもいいか、食べられてみんな喜ぶし。と勝手なことを思い曖昧に相槌を打つ。ミナミちゃんは我が意を得たりといった顔つきになり、意気揚々とお母さんの方へと振り向いて主張した。 「まま!きれーなおはな、つんできたら。いいでしょ、おにーちゃんとこ行ってプレゼントしても。今はもおげんきなんだよね、ね?ましろちゃん」 「うーん。お熱は下がってるけどね、確かに」 やっと食欲が出てきたところだから。完全回復にはあともう少しだな…。 ミヨシさんは肩をすくめ、ちょっと苦笑い気味に片手を挙げて小さな娘に折れてみせた。
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