第19章 山鹿家の人々

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「わかった、わかった。あとで様子見に行ってみて、お元気そうなら夕ご飯のとき出て来てもらって一緒にみんなで顔合わせて食べよう。ましろちゃん、一応ひと足先にそのこと明日葉くんに伝えておいて。まだつらいようなら無理しなくていいけどって」 「はい。わかりました」 ミヨシさんがにこにこした顔の下で密かに、 『若い二人の邪魔をするみたいで気が引けるけど。まあ、お夕飯のときだけならみんなと一緒でも大丈夫でしょ。夜はちゃんと二人きりでそっとしといてあげれば…』 としきりに気を回してる呟きが聞こえる。いや、だから。そこからしてもう違うんだってば…。 『それにしても。あの大人しい物静かで引っ込み思案だった明日葉くんが、ちゃんと地元の村の取り決め通りに早々と婚約者を連れて戻ってくるなんてねぇ…。しかもこんな可愛らしくて素直な気立てのいい子。よかったわ、あのときの様子からしたら。結婚相手を見つけて家に連れ帰る気なんかまるでない、と頑となって意地張ってるみたいだったから』 おそらくそれ、全く気のせいではないと思う。 ミヨシさんがしみじみと回想してる記憶の中の荒んだ目つきの痩せっぽちでぼさぼさの少年。その頃と較べりゃそりゃ、背も伸びて体格もよくなりコミュニケーション能力も社会性もだいぶ改善されてきてる。それは確か。 だけどそれはわたしと出会ったせいでも、ましてや恋人同士になったからでもないのに。よかったよかった、とほのぼのした気持ちで脳内でわたしと現在の彼を並べて悦に入ってるミヨシさん。いえ、彼にとってのわたしの存在価値を。高く見積りすぎだと思います…。 「…そういうわけで。今夜の夕食から、アスハも一緒に同じテーブルで食べませんかって。この部屋から出て…」 そのあとでミヨシさんが用意してくれたお昼を載せたお盆を持って、アスハの滞在してる部屋を訪れる。 ていうか、そこがわたしの寝泊まりしてる部屋でもある。ここでも当然のように同室だ。 この家に到着した時点では、わたしもアスハと一緒に念のため他の家族から隔離される必要があったから。まあ妥当な判断だと思う。もう既にインフルがうつってると考えてもおかしくなかったし。 その上、ミナミちゃんとヒュウガくんのお子さん二人以外の皆は完全にわたしたちをカップルと思い込んでる。デリケートな年頃の男女なんだから気を遣って別室にしてやろう、なんてまるで思い浮かびもしない様子だった。 まあ実際ここまでずっと二人きりで寝泊まりしてきて問題発生したことなんて一度もないから。特にそれが困るとか嫌とかいうこともないんだけど…。カプとして微笑ましく見守られてるのは正直、複雑な気分。 アスハは柔らかく煮たうどんを受け取り、あんたはもう食べたの?とわたしを気遣う。お盆の上には一人分の丼しかないので。わたしは頷いて彼を安心させる。 「同じの食べたよ。だからそれは全部アスハの分だから大丈夫。この辺てうどん美味しいんだね。小麦たくさん自分とこで作ってるからかな」 「蕎麦も美味いよ。標高高いから田んぼは広く面積とれないからかな。普段から蕎麦とかうどんが多いね、確かに」 「そうか、もうこの辺り。アスハの実家のあるところとそう遠くはないんだよね…」 しみじみと感じ入りながら、静かな室内でアスハがうどんを啜る音を聴いていた。 彼がまだ熱が高くてうんうん言って寝込んでる間に、前にアスハがここにふらりとやってきたときの話はお父さんやお母さんから既に聞かされていた。 彼らの話すところによると、アスハがここに住み込むようになったのは生家のある集落を出てそれほど時間が経ってない旅の初期のころだったらしい。 「とにかく無口で自分のこと何にも喋らない子で。しばらくしたらぽつぽつと少しだけ話してくれるようになったけど、外のこと何も知らないって…。だから、うちにある本をいろいろと読ませてあげて古い日本地図も写してあげて。この先に降っていくとだいぶ古いけど一応まだ昔のまま建ってる図書館があるわよ、って教えてあげたから。きっとここを出てからそこに寄ったんじゃないかな。口数少ないけど真面目によく働く、いい子だったよ」 わたしの前だから彼をよく言ってあげよう、っていうサービス精神も一応なくはないらしいが。 おじいちゃんおばあちゃんやお父さん、子どもたち皆の気持ちも今でも彼に好意的なようなのでまあ、全てがお世辞ってわけじゃなく。年齢考えたら当時でも、充分に真面目で誠実な働きぶりではあったようだ。 「ここの家の人たちって。アスハの集落の旅の慣習については知ってるんだね。あの、十五になったら外に出て結婚相手を連れて帰るってやつ」 前に来たときにそんな話したの?と水を向けると、わけがわからない。といったきょとんとした顔つきで箸を手にしたまま動きを止めてしばし考え込んだ。 「いや、多分そんなこと説明してない。当時の俺まじで愛想ないし。ほとんどろくに口も利けない社会性皆無なやつだったから…。そんなのあの人たち知ってるんだ。てか、何か言われたの?うちの集落について」 「いや別に何も。でもほら、わたし的に。何となく聞こえちゃうからさ…」
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