第19章 山鹿家の人々

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「ああ。…心の声かぁ」 納得したように呟くと、再び箸を動かしてうどんを口許に運び始めた。 「アスハに聞いたわけじゃないとすると、やっぱりここってもう割と目的地に近いんだね。何となく、そういう集落が隣の山にあるってことは知ってるみたいだった。十五になると結婚相手を自力で見つけろって送り出される村らしいから、この子もそこから来たんだなって。みんなこの家の人、知ってる感じだったから」 「ふぅん。うちの集落の連中、もっと近場で手を打って済ませてるとばっかり思ってたけど。案外この辺まで足を伸ばすやつらも珍しくないのかもな」 なんか棘がある物言いだ。やっぱりここまで来ても、まだ久々の自分の生まれ故郷が一転して懐かしく感じられる。って心境にはあんまり至ってないのかな、とぼんやり思った。 「そしたら。さすがにうちの集落の本当の特殊性までは知らない感じ?知ってたらもっと微妙な反応しそうだよな」 そう問いかけられて慌てて我に返る。ああそっか、他人の心が読める人たちで構成されてる集団だって認識のことね。 「それは、さすがに。…深層心理までは読み取れないから断言はできないけど。でも、読心能力者の集落から来た子だって万が一にも知ってたら、あの人たちだってもうちょっと警戒するんじゃないかな。そんな雰囲気誰にも、微塵もなかった。ちょっと若者に厳しい試練を与えてやって再び迎え入れる習慣のある村、みたいな認識だったよ。それ以上特別な部分があるとは考えていない感じ」 「まあ。そりゃそうか。知ってたら俺だって、こんなに快く迎え入れてもらえたとは思えないよな」 肩をすくめて素っ気なくこぼしてから、ふとしまった。という顔になって、外から見た能力のイメージの話だよ。それを持ってる人物の人となりとかは関係なくねとちょっと弁解気味に付け加えた。うん、もちろんわかるよ。 「自分が当事者だから。周りに知れたらどう思われるかは普段から想像ついてるし、今さら気を悪くしたり傷ついたりしないよ。むしろ、こういうこと話せる相手がいること自体以前よりずっといい。生まれたときから一人で黙って抱えてたんだから…」 一応、ドアの外に誰かいる可能性を考えて声を落としてそうとりなした。アスハはずず、とうどんの汁をひと息に飲み干してから(食欲旺盛だ。すっかり回復した証左であって、喜ばしい。やや塩分摂取過多な気もするが)情けなさそうに呟く。 「そうやっていつもフォローしてくれる気持ちはありがたいけど。俺ってやっぱ無神経というか、気配りが足りないなと思うよ。集落の連中に繋がるようなことだとつい、反射的に貶したり憎まれ口叩く癖がついちゃってるから…。あんたに関しては好き好んでそういう特性なわけじゃないし。余計な苦労ばっかりで気の毒だなと、心の底からそう思ってるのに」 「大丈夫、それはちゃんとわかってるから。それに、わたしがこの能力を制御しかねて大変そうだから。自分の出身地までわざわざ戻って、何か対処法を見つけられるようにと協力してくれるつもりなんでしょ?」 心なしかしょんぼりして見えるアスハを励まして、励ますように話しかける。けどそこで、喋り続けながらもふと小さな疑念が胸をよぎった。 あれだけ悪しざまに罵ってた地元に今回戻る気になったのは、もちろんわたしのためって理由もあるんだろうけど。 旅の経験を経たことで自身の意識も少し変化して、それなりに懐かしさとか。家族や昔馴染みの顔を見たいって気持ちもあるのかと思ってた。わたしにかこつけてって言ったら絶対この人怒るだろうけど、一応そっちを建前にして…みたいな感じなのかなと。 でも、この様子だと。別にまだ彼の出身地の人たちに対する感情は、あの頃と大して変わってないような…。だとしたら。 「もしかして。アスハは正直な気持ちとしてはそんなに、まだ地元に帰りたくない?わたしを似た立場の人たちに引き合わせなきゃいけないって義務感で無理してるってこと?」 どうしようかな。と迷ったけど結局そのまま口にしてしまった。 「せっかくだからお父さんやお母さん、お姉さんに会いたい気持ちもあるのかなと思ってた。でも、今でも家族や昔の知り合いと顔合わせたくないってことなら。…無事に集落に送り届けたらわたしを置いて、自分だけさっさと立ち去っちゃうつもりだとか」 うん。それは、ちょっとあり得る。 誰とも一生一緒に暮らせそうもないから一人で山奥に引っ込むつもりだと悲観的なことを言い出したわたしを気の毒に思って、同類がたくさんいるところなら孤独じゃなく暮らせるだろうと踏んだ。 だから責任もってここまで連れてきたけど、本人としては相変わらず集落の空気や風潮は好きじゃないし受け入れられない。 長々と滞在するなんてもっての外。つまりわたしを、例えば自分の実家とか信頼できる相手に預けたらあとは任せた。ってことで、これでさよなら。と先に旅立ってそれきりでお別れするつもりだとか…。
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