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「これは公平性を期すために言っとくけど。俺が生まれてこの方見てきたあいつらが、掛け値なしに真実の全てかは実は何とも言えないんだ。何たってあの人たちお互いは、自分ら同士でしかわからない方法でやり取りしてるわけだから」
すぐ傍にいてもその内容までは伝わって来ない。と説明され、わたしは首を傾けて率直な疑念を口にした。
「でも、それはアスハだけじゃないんじゃん。お父さんは外から来た人だから、普通に声に出しての会話しかないんでしょ?」
アスハと同じポジションじゃん。と呟いたわたしに彼は憮然とした顔つきで素っ気なく肩をすぼめてみせた。
「さあ?そのはずだけど。あの人はどういうわけか、自分が聞こえもしてないくせに直に脳内を読み合うやり方に全面的に信頼を置いてるみたいだな。そうやって意思を通じ合える人同士がコミュニティを作り上げてるシステム自体が平穏の源なんだってさ」
「はあ。…まあ、理屈自体はわからなくもないけど」
それで上手く回ってるのなら自身はそこに参加できなくても構わないってことか。それはそれで理は通ってる。
アスハはぐ、とそり返るように背を伸ばしてから胸の前で両腕を組んだ。インフル発症したときの頼りない弱り切った姿を目の当たりにしたわたしから見たら、ほんの数日後にはまるで何事もなかったかのようにしれっと済ました顔つきになってる今の態度に内心ふふっとなる。もちろん、表には出さないけど。
「俺はあんたとは結構気が合う方だと思ってるから。必ずしもうちの父みたいな体制礼賛側につくとは見てない。でも、あの連中が何をどういう風に通じ合ってるのかは俺には永遠にわからないから…」
なるべく突き放したように感じさせない、と気を遣ってるのか。珍しくこっちの目をまっすぐ覗き込んで、心のこもった声でわたしに優しく言い聞かせる。
「ましろがそこに価値を見出す可能性はゼロだとも思ってないよ。その場合、俺に遠慮はしなくていい。自分の居場所を見つけたと感じたなら、その直観に素直に従ってほしいと。…本心からちゃんと、そう願ってもいるんだよ」
わたしたちはそのあともう一週間ほど山鹿家に滞在させてもらった。とにかく何もかもお世話になってばかりだったので、その分を回復したアスハと一緒に労働でお返ししなきゃと思ったし。
この家のみんなが親切で居心地がよかったのと、あとはもうここから少しでアスハの故郷の集落に着いちゃう。旅の終わりが近づいてると思うとそれを少しでも先延ばしにしたいって隠れた本音もあったかもしれない。
気が急くような逆に開き直って落ち着いたような、変な宙ぶらりんな気持ちだ。体調が戻って元気になったアスハは案外明るい顔つきで、おじいちゃんおばあちゃんやお父さんの指示通りにきびきびとよく働いた。
「明日葉くん、本当に成長したなぁ。身体だけじゃなく精神的にも、何だか落ち着きが出たんじゃない?」
この家のお父さんにも何度も感嘆したように言われた。確かに、わたしが実家にいたときのあの初対面の印象と較べてもだいぶ大人びた気がするから。それより半年くらい前に出会ってた人の目から見ると、見違えるように変化してると感じてもおかしくない。
それはそれとして。病気で倒れた有耶無耶でタイミングを逃して訊きそびれていた疑問をここで思い出し、わたしは部屋で二人になったときに改めてそのことを彼に直接尋ねてみた。
「ここのお家の人たちってさ。みんな、アスハのことをアシタバくんって呼ぶけど。ぶっちゃけどっちが本名なの?」
「ああ。…それね」
そういえば、説明する機会がこれまでなかったな。と呟き、部屋に戻るときミヨシさんがわたしたちにくれた蜜柑の皮をむく。…まだ青々しい、ぴりっとするような柑橘類の新鮮な香りが鼻を突いた。
「生まれたときに親がつけた本名はアシタバ。漢字では明日の葉って書く。この近くにある図書館で植物図鑑見て、実在する草の名前だって知ったけど。親は別に深く考えて付けたわけじゃないんじゃないかな。うちの集落では見たことない植物だったし」
何となく語呂がよくて素敵。とかいう感覚だよきっと。と突っ放すように言い捨てる。いや、それはそうかもだけど。言い方。
「別にいいじゃん、本当に素敵じゃん明日の葉って。爽やかでお洒落だよ」
あなたにぴったり、と言いかけて何だか喉につかえて飲み込んだ。変な風に聞こえたら困る。この文脈で持ち出したらどう受け止めてもなんかめちゃくちゃ褒め言葉だ、本人に対しての。
空気を変えようといきなり話の方向を転換する。
「わたしなんか、ましろって何でつけたの?って訊いたらさ。一面雪で真っ白の風景に憧れてたからとかわけのわかんない理由言われて、親に。いやうちの辺りまじで雪とか降らないし、今どき。てか冬生まれですらないんだよ?適当にも程があるよね。お兄ちゃんとお姉ちゃんは漢字の名前だったから今度はひらがなの字面がいいねってだけの理由で漢字も当ててくれないし。子ども多いと一人ひとりの扱いが雑すぎる…」
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