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清水(しみず)さん、ここだけど。セットで『一』が『十個』なのよ。カタログに注意の記載があったでしょ? だからこの場合、『二千五百』じゃなくて『二百五十』になるの。このままだと一桁多く納入されるわ。気をつけて」  終業時間直前、発注書をチェックしてくれた先輩の声に千恵理(ちえり)は一瞬頭が白くなる。  最初に「よくあるミスの例」として挙げられていた中に確かにあった事案だからだ。  入社して配属された部署で、担当の仕事にもようやく慣れて来たところだった。  緩みが出る頃だからより引き締めないと、と自覚できていることにかえって油断していたのかもしれない。 「申し訳ありません、内藤(ないとう)さん! あの、すぐに直します! 今の案件(こちら)もあと少しですので……」 「慌てることないわ。全部明日に回して。そのためのチェックだから。『定時に終わるように段取りして遂行する』のも必要な能力よ」  笑顔で指示を済ませ、内藤 真寿美(ますみ)は自席に戻ると帰り支度を始めた。 「わあ、内藤さん。そのペンダント素敵ですね!」  更衣室で一緒になった彼女の首に掛けられたアクセサリーに、千恵理はお世辞や気遣いではなく自然に口にしていた。  普段は真寿美が装身具などつけているところを見たこともない。  黒いままの髪、黒曜石のような瞳。  基本的に私服はモノトーン系らしい真寿美に似合いの、(つや)やかな黒く丸い石が細いチェーンに一つだけ下げられたシックなペンダント。  もしかしたら服に隠れているだけで、常に身につけているのかもしれなかった。 「……ありがとう」  どこか苦さの交じる声、ぎこちなくも見える微笑は千恵理の気のせいだろうか。  言動は控えめだが間違いなく仕事ができる、黒の似合う大人の女性。彼女は千恵理の憧れでもあった。  ──なんの石だろ。黒瑪瑙(オニキス)かな? あたしみたいな小娘にはまだ無理だよね、ああいう上品なのって。ただ「地味で貧相」になっちゃいそう。
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