【2】

2/3
前へ
/6ページ
次へ
「こんな事聞かされたほうが困るでしょ? 『知られたくない』よりそちらの理由が大きいの。まあ当時の上司の方たちは当然ご存知だったけど、もう退職なさったりしてるから」 「そ、れは……」  わかると肯定していいことなのかも千恵理には判断できない。曖昧に言葉を濁すのが精一杯だった。 「結婚して二年目だったわ。初めての妊娠と出産で、……それが最後。そのとき、私はもう子どもは無理になったの」 「内藤さ、──」  咄嗟に漏れた呼び掛けが途切れる。いったいこの状況で、己がどんな言葉を紡げるというのか。 「その当時、というかそれからしばらくは記憶も曖昧でね。退院してからもずっとそばにいてくれた夫の存在も感じられてなかった。でも彼はそんな私を静かに支えてくれて……。ジェット(これ)を持とうって提案してくれたのも夫よ。オーダーで、彼のはタイピンなの」  ふと、テーブルに置かれた真寿美の手が視界に入った。固く結ばれた拳から零れた細いチェーンが微かに震えている。  彼女の表向き穏やかな様子は、おそらく千恵理のためなのだろう。  思い出すのも辛い筈の内容にも拘らず、後輩にできるだけ負担を掛けないようにと。 「まあ流石にこの歳になれば、周囲の『親切心からの』雑音もなくなって気楽なものよ」 「あ、あたし何も知らなくて……。そんなの言い訳にもならないってわかってますけど、本当に申し訳ありま──」  それ以上は喉が詰まって何も言えない。  つまり真寿美は、今に至るまでは長らく「雑音」に悩まされて来たのだ。千恵理のような善人面をした不躾な他人に。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加