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【1】
「清水さん、ここだけど。セットで『一』が『十個』なのよ。カタログに注意の記載があったでしょ? だからこの場合、『二千五百』じゃなくて『二百五十』になるの。このままだと一桁多く納入されるわ。気をつけて」
終業時間直前、発注書をチェックしてくれた先輩の声に千恵理は一瞬頭が白くなる。
最初に「よくあるミスの例」として挙げられていた中に確かにあった事案だからだ。
入社して配属された部署で、担当の仕事にもようやく慣れて来たところだった。
緩みが出る頃だからより引き締めないと、と自覚できていることにかえって油断していたのかもしれない。
「申し訳ありません、内藤さん! あの、すぐに直します! 今の案件もあと少しですので……」
「慌てることないわ。全部明日に回して。そのためのチェックだから。『定時に終わるように段取りして遂行する』のも必要な能力よ」
笑顔で指示を済ませ、内藤 真寿美は自席に戻ると帰り支度を始めた。
「わあ、内藤さん。そのペンダント素敵ですね!」
更衣室で一緒になった彼女の首に掛けられたアクセサリーに、千恵理はお世辞や気遣いではなく自然に口にしていた。
普段は真寿美が装身具などつけているところを見たこともない。
黒いままの髪、黒曜石のような瞳。
基本的に私服はモノトーン系らしい真寿美に似合いの、艷やかな黒く丸い石が細いチェーンに一つだけ下げられたシックなペンダント。
もしかしたら服に隠れているだけで、常に身につけているのかもしれなかった。
「……ありがとう」
どこか苦さの交じる声、ぎこちなくも見える微笑は千恵理の気のせいだろうか。
言動は控えめだが間違いなく仕事ができる、黒の似合う大人の女性。彼女は千恵理の憧れでもあった。
──なんの石だろ。黒瑪瑙かな? あたしみたいな小娘にはまだ無理だよね、ああいう上品なのって。ただ「地味で貧相」になっちゃいそう。
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