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「苑子さん、ごめんなさいね。既製品(プレタポルテ)をサイズ直ししてもらうしかないのかしら。……どうしましょう」 「わたしはオーダーメイドでなくても構いません。デザインもたくさんあるでしょうから、きっと選ぶのも楽しいですわ」  屈託ない笑顔の苑子に、里玖人の母親も少しは怒りが鎮まったようだ。 「本当に申し訳ないわ。こちらならいろいろ行き届いていて安心だと思ったのに。……それにしても苑子さんは、こんな場合でも動じないできちんとしていらっしゃって。さすがですわね」  お育ちが良いから、とまではそれこそ露骨なので口には出さないものの、彼女の内心が透けて見えた。  そう。苑子はめぐみのような平凡なサラリーマンの娘とは違う。  名声や金だけではなく、容姿にも恵まれていた。その上惜しみなく注がれた愛情に包まれ育まれた彼女は、心まで美しい。  誰にでも愛される、世の中には悪意なんてないと信じている、清廉なお姫様。  めぐみは己が苑子の足元にも及ばないと自覚している。  本来なら、唯一上に立てる可能性のある社会人経験さえ敵わなかった。  結婚が決まって職を辞すまで、苑子は父親の会社で正社員として働いていたのだ。  里玖人があっという間に心変わりしたのも無理はない、とめぐみも頭では理解している。  人間ならば、少しでも条件の良い方に行きたいのは当たり前ではないか? しかも『少し』などという差ではないのだから猶更のこと。  苑子が何一つ悪くないのも重々承知だ。  大学で最も仲の良かった友人。あらゆる意味で対等とは評せないめぐみにも、彼女はごく自然に接して来た。  絶対に、自分から男に誘いを掛けるような子ではない。  それに何より苑子は、彼がめぐみの恋人だという事実すら知らなかった。紹介したこともないのだから当然なのだが。  今にして思えば里玖人は、めぐみと付き合っていることを公にはしたくなかったのだろう。 「めぐみちゃん、わたし男の人に交際を申し込まれたの。三歳上でね、誠実そうな感じのいい方だからお受けしようかと思ってるのよ」  一年前、苑子にそう打ち明けられたときも応援していたくらいなのだ。  まさか相手が里玖人(彼氏)だなどと、まったくの想定外だった。
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