再度逃亡を決意する

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 日を跨いだ夜。深夜に目が覚めた麗楊。  隣には静かな寝息を立てている婁阿が居た。麗楊はこれを好機と思い慎重に婁阿の腕から抜け出す。  そして静かに部屋から出る事に成功した。 「ふう……」  取り敢えずこの黒曜宮を散策してみる事にする。  この黒曜宮は、麗楊と婁阿が使用する夫婦の部屋を本部屋に、それぞれ個人の部屋と客室、湯殿と炊事場、そして広い庭と池があり、池の中央には高見小屋がありそこでお茶もできそうだ。  それにしても、意外に広いものだ。  庭に行き外壁を見る。高さはかなりあり、流石の麗楊の跳躍でも飛び越える事は無理そうだ。  よじ登れるものでも無さそう。  穴も開けれそうに無い。  やはり何処か抜け道か、何か別の方法を探す必要がありそうだ。  明日になったら黒曜宮以外も行けるようになるだろうし、陸にも探るよう伝えてある。  全てはこの三日間を乗り越えてからだ。  最も理想的なのは、婁阿の事を死ぬほど好きな誰かが居て、それを知った麗楊が負目を感じ慶花稜から居なくなるといった筋書き。    ただ、麗楊はここまで婁阿に好かれているとは思わず、彼から与えられる好意を蹴ってしまう事になるのでそれだけが気掛かりだった。  自分の為だけに用意された湯殿もとても気に入っている。しかし、麗楊は各地を回って武術を極めたいという夢があるのだ。  だが、今の婁阿を見ているとそれを許してくれそうにも無い。それに、婁阿と身体を重ねると何もかも訳が分からなくなって心も身体も持たない。自分では無い気がするのだ。  やはり逃亡だ。  改めてそう決心する麗楊。  戻ろうと思い後ろを振り返ると、そこには意味深な笑みを貼り付けてる婁阿の姿が。  麗楊は心臓を鷲掴みされてるような感覚になる。 「こんな時間に、こんな場所でどうしたんだ?」 「ぅえ…っと……ちょっと、外で涼みたくなって…」 「それなら起こしてくれてもいいだろう。目が覚めて麗楊が居ないと気付き俺はとても悲しかった」 「いや…寝てる奴を起こすのは忍びないだろ…」 「…じゃあ俺達の部屋へ戻ろう。麗楊」 「ああ…」  婁阿に手を握られ、二人で庭を後にする。  もしかし外壁を眺めてたので、逃げ出そうとしてるのに勘付かれただろうか。  麗楊の額に冷や汗が流れた。  部屋に戻ると寝台へ案内される。婁阿は特に何か言う訳でもなく麗楊を抱き締めて再び眠りに入った。  何か言われないか緊張していた麗楊だが、婁阿の温かい体温を背に次第に瞼が重くなり気付いた時には夢の中だった。  翌日、婁阿は麗楊を池の高見小屋へ連れて行った。  そこの机には既に従事達が果実水と刻まれた果物。いくつかの料理が置かれていた。 「確かにずっと部屋の中に居ては退屈だからな。昼餉(ひるげ)はここで取るとしよう」 「うん…」  池には綺麗な桃色の蓮の花が咲き乱れ、とても手入れがされているのが分かる。  そして数匹の鯉が優雅に泳いでいた。  隣同士で椅子に座る。  麗楊は少しずつ、用意された食事を口へ運んだ。  そして刻まれた果実の中に桃があるのが目に入る。  それを見て嬉しさが込み上げた。 「…やはり桃が好物なのか」 「うん。僕達龍の民は龍の大好物である桃が、同じように大好きだ」  一口頬張れば、瑞々しく口一杯に溢れる甘さに自然と笑みが溢れる。  その麗楊を見ているだけで、慈愛の眼差しを向ける婁阿。 「…龍翠国は閉鎖的だから分からない事だらけだ。桃が好物というのも麗楊の側仕えから聞いた」 「陸が?確かに、僕らの国は龍の民以外受け付けないから」 「麗楊のお母上も国から出る事が出来ないんだよな?」 「そう。龍の代理人である国主に選ばれると国から出る事は禁じられてるんだ。後王族は特に」 「国主に選ばれる条件とかはあるのか?」 「さあ。決まった条件は無いよ。全ては龍が決めるから」 「へぇ…。もし麗楊が国主に選ばれたとしても返してあげる気はないが」 「何言ってるんだよ。僕が選ばれる訳ないだろ」  国主としての勉学から全力で逃げてきたのだ。選ばれるはずない、と言い切る麗楊に婁阿は肩をすくめる。   「多分選ばれるとしたら一番上の兄上だ。聡明で民の事を一番に考えてる」 「良い兄君なんだな」 「そりゃ当然……あ」  そういえば、と。  婁阿と兄の仲が良くないという話を思い出した。麗楊がそれを思い出したのを察した婁阿は「大丈夫だ」と言い麗楊の頭を撫でる。 「そういえば、明日からは僕達何かする事とかあるのか?」 「麗楊には教師が付くことになっている。慶花稜の事を知ってもらう為にもな」 「えぇ…僕座学は苦手なんだけど」 「そんな難しい事はない。直ぐ終わる」 「…婁阿は?」 「俺は視察に行く予定がある」 「ずるい」 「はは。直ぐ帰ってくるさ。そうしたら俺も一緒に座学を受けよう」  この三日間が終わるなら嬉しいが、待っているのが勉学だと思うと素直に受け入れ難かった。  それからは想像以上にのんびり過ごし、殆ど婁阿の質問攻めばかりだったが、麗楊と婁阿は会話をした。    ー桃以外に好きな食べ物は?  ーどこか行きたい国はあるか?  ー今まで好きになった人は?  ーどんな人が好きなのか?  夕餉を取り、湯浴みを済ませ、そして話疲れた麗楊は大きい欠伸をして就寝の準備をすると婁阿も同じ様に寝台に身を乗せる。  それから麗楊の身体を引き寄せた。その意味をなんとなく察した麗楊は少し顔を赤くして眉をきつく顰める。 「…しないからな」 「新婚じゃないか。つれないぞ」 「僕の体の方が負担が大きいの分かってるのか?やりたいなら逆をやってみればいいだろ」 「何だ。麗楊は俺に突っ込みたいのか?」  意地悪い笑みで言われ、少し想像するも、自分には無理だと頭を振る麗楊。 「まあ、俺としても麗楊がぐずぐずになって俺ので気持ち良くなって蕩けてる顔を見るのが好きだから…逆は無いな」  ーこの男に羞恥心は無いのか。  つらつらと述べる目の前の男を白い目で見てると、婁阿は諦めたようで軽い口付けを落とした。  今更その事に驚く事はなく軽く触れるくらいなら許容していた。 「…ふっ…。この先いつでもできるしな」 「んっ……変態もほどほどにしてくれないと困るんだがな…」 「俺が変態になるのは麗楊だけだから問題ない」 「それが問題だって言ってるんだよ」  婁阿が愛おしそうに微笑むと麗楊の腕を引っ張り、自身の腕の中に包んだ。  麗楊は婁阿に体を預ける形になり、恥ずかしくて離れようとするが、しっかり掴まれ無理そうだったので抵抗は諦め流れに任せる事とした。   「さ、寝ようか」 「…そうする」  ものの数秒だった。麗楊は直ぐに寝息を立てる。まるで子供のようだ、と婁阿はおかしく微笑んだ。
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