若い翡翠の龍の嫁入り

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若い翡翠の龍の嫁入り

 誇り高き龍を祀る民。龍翠国(りゅうすいこく)の龍王殿で王族達が一同に集められていた。  王族誰もが特徴的な翡翠の髪に瞳を受け継いでいる。そしてその中に不貞腐れている第三の若君である麗楊(れいよう)もその一人。その麗楊の前には国主である母、桃里(とうり)と父である龐和(ほうわ)、そして麗楊の左右には兄弟達が鎮座している。 「…それで母上、もう一度お聞かせ願えますか」 「良いでしょう。麗楊。貴方は慶花稜の第二皇子に嫁ぎなさい」 「ああ……」  そう言ってふらりと倒れたのは第四の若君である千里(せんり)。衝撃的だったのだろう。第二の若君である翔葉(しょうよう)がしっかりと支える。 「はあ、そうですか。……嫌ですけど!」 「もう決定事項です。聞き分けなさい。この縁談は第二皇子自ら持ち込まれた話です」 「いやいや、待って下さい母上。僕は男です。第二皇子って言うんだから相手も男ですよね?結婚なんて無理ですよそんなの!」 「無理ではないから嫁げと言っているのですよ」  がんとして言っていることを取り下げない母に麗楊は怒りが募っていく。そこで、第一の若君である白礼(はくれい)が声を上げた。 「しかし、母上。麗楊が言ってるのは最もではないですか?第二皇子というからには次代の帝を継承する権利を持っているはず。妃というなら女性を娶らなければ世継ぎ問題にも繋がる。そんな後継者争いの渦中に麗楊を嫁がせるのは賛同できません」 「兄上っ…!」  やはり自分の味方は兄だけだ、と輝かしい瞳で白礼を見詰める。すると桃里は呆れた顔をする。 「お前達は麗楊に甘過ぎです。それ故に王族でありながらこんな自由奔放、お転婆、放蕩癖な子になってしまったのではないですか!」 「さりげなく人をけなすな、このバ…」 「ババアと言いましたね?!」 「まだ言ってない!言ってないです!」    怒り心頭の母の圧に誰もが心臓を握りしめられた気持ちになった。父の龐和であってもだ。  麗楊は肩を小刻みに震わし恐る恐る桃里を見上げると、尚も抗議を続ける。 「で、でも…僕は武術を極めたいので嫌です!」 「向こうでもそれは出来ます。それに、向こうの流派も学べるのでは?お前も以前言っていたではないですか。気になると」 「花嫁として行く事になるとは思ってませんでしたよ!」 「麗楊、これはお前の為でもあるんだよ」 「父上…」 「広い世界を見ておいで」 「そんなの別に今まで通り勝手に出て勝手に戻って…ひっ!」  桃里にきつく睨まれているのに気付く。そして麗楊はこれ以上何か言う事はやめた。きっと取り返しが付かなくなると察したからだ。  齢十七にしてまさか他国に嫁ぐ事になるとは思いもしなかった麗楊。  伸びた髪は耳より下の位置に後ろで緩くまとめ、背も伸びた。これから武術のより高みを目指そうとしていた時にこんな出来事が起こるとは。  だが、麗楊は諦めてはいなかった。 「家出……ですって!?」 「馬鹿!声がでかい!」  自室に戻ると側仕えである陸が「おかえりなさい」と出迎えてくれた。  焦茶色の髪を短くし、若干垂れ目な陸は割と整った容姿をしている。  椅子にもたれ掛かるとお茶を出してくれる。陸にも麗楊が嫁入りする話が届いているらしく出立の準備をしていたようだ。  そんな時、麗楊がこっそり陸にそう耳打ちしたら陸は目が飛びてる勢いで卒倒しそうになった。 「何馬鹿な事考えてるんですか!」 「馬鹿は向こうだろ。どうして男である僕を嫁にしたがる?理解ができない。世継ぎを産める女を選べば良いだろ?」 「まあ…世の中には綺麗なものを側に置いておきたい趣向の方も居ますし。あれじゃないですか?若様には側妃として所望してるとか」 「はあ!?なめてるのかこの僕を!」 「慶花稜の第二皇子ですよね。まあそんな色恋の話は聞きませんが、戦場の鬼だとか黒い悪魔だとか、あとは血も涙もない冷徹男だとか…そんな噂が多いですね」 「ますます何でそんな奴が僕を嫁に……?」  二人で頭を悩まし考えるが、答えなど出るはずもなく。麗楊は会った事も無いはずだ、と記憶を探るがやはり無い。  白礼が言っていた通り、後継者争いとかで龍の民を味方に付けたいという思惑なら理解できなくも無いが相手が麗楊というのが納得できない。  自分ながらに武術しか取り柄がないと自負しているからだ。知略も無ければ品性もない。  すると、扉からコンコンと叩く音が聞こえた。陸が扉を開けるとそこには第四の若君である千里と側仕えの千栄(ちえ)が居た。 「これは第四の若様。如何な御用向きでしょうか?」 「麗楊兄上は中に?」 「はい、おりますが」 「話したい事があるの」  可愛らしい風貌に、上目遣いときた。まだ年齢も十四という所であどけなさが残っている。  陸は数秒考え、千里を通す事にした。実は国主である桃里から、麗楊が自室に戻ってから誰も部屋に通すなと言付かっていたのだ。麗楊の悪知恵が働かないように。だが既に麗楊は家出の算段を考えている。 (もはや遅いし…第四の若様なら大丈夫か) 「麗楊兄上!」 「ん?千里?何しにきた」 「麗楊兄上、本当にお嫁に行ってしまうの?」 「まあ……母上はそうさせるだろうな」 「嫌だよ…!行かないで!」 「まあ待て千里。僕も諦めてはない」  何だか雲行きの怪しい麗楊の話し方に笑顔のまま陸の眉がぴくっと跳ねる。千栄も何か嫌な予感がすると察しているようだ。 「実はな、僕は取り敢えず結婚式だけ参加し、その後は家出する計画を立てようと思う」 「本当!?」  麗楊が得意げに言うと、千里は嬉々として瞳を輝かせた。 「面目もあるから、取り敢えずは母上に従ったふりをする。ただ家出した後にすぐ戻ってくると母上に度叱られるからこれを機にしばらく旅もいいかな、なんて」 「ええ!?」 「何だ、陸」 「そんな事を考えていたのですか!?」  大袈裟に頭を抱える陸を他所に、麗楊は千里に向き直るととても嬉しそうな笑顔を向けられていた。  千里は麗楊と兄弟の中では年が近いと言う事もありとても懐いていた。急に麗楊が遠くへ行くとなって寂しくなってしまったんだろう。 「ま、そう言う事だからさ。僕が大人しく言う通りにすると思ったら大間違いだ!あの鬼母上!」 「それでこそ麗楊兄上だよ!安心したらお腹空いてきちゃった。僕そろそろ自分の部屋に戻るね!」 「おう。ちゃんと見送ってくれな」  可愛らしく手を振って、麗楊の自室から出て行った千里。そして、先程まで年相応の可愛らしさから豹変し無表情へと変わった。  それから、低い声で千栄に指示を出す。 「慶花稜の第二皇子についてと、麗楊兄上が無事その男から逃げられるように常に見張っていて。いいね」 「御意」  そんな二人のやり取りを知る者は居なかった。
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