若い翡翠の龍の嫁入り

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 そして出立当日。 「麗楊」 「何ですか母上」 「全く。暫く会えなくなると言うのにその仏頂面はおやめなさい」  そう言って麗楊を見る桃里の瞳が少し腫れているのに気付いた。そして優しく抱きしめられる。 「…私達は式に参加できないですが、陸に映像石を持たせているのでそれを見て見守っています。麗楊、元気でね」 「……はい。母上もお元気で」  すると桃里は何処かへ行ってしまった。今度は父の龐和が麗楊の前へとやって来た。 「桃里はね、実は昨日の夜泣いていたんだよ」 「え?」  ひっそりと話す父の言葉に耳を疑う。だが、さっきの腫れた目はそういうことだったのか。 「本当は桃里も私達もお前を嫁に出したくは無かったが、この婚姻はお前の為でもあるんだ。桃里は代わって憎まれ役を受けたまで。お母上を恨んだりしないでおくれ」 「でも…僕の為っていうなら婚姻は…」 「まあいずれ時期になったら分かるよ。気を付けて行きなさい」 「はい…行って来ます」  それから兄弟達がやって来て、泣き出す長兄に心地よく送り出そうとしてくれる次兄。末っ子は腰回りに抱き付いて離れない。  そんな彼等、家族に手を振って麗楊は龍王殿を後にした。  馬車で移動する事になった麗楊は、龍王殿から中央に渡る石畳みの道を通り抜ける。その際国中で盛大に祝われたのはとても不服だった。  移動は2日かかった。途中の村を経由して小旅気分を得られ楽しかった麗楊だが、慶花稜が見えた途端意気消沈としている。 「はあ…ついに来てしまった…」 「若様。私も居るんです。そう落ち込まないでください」  陸は麗楊を励まそうとするが、頑張ろうなんて気持ちになれる筈もなく。  正門に着くと門番が御者と話している声が聞こえる。確認が取れたらしく、正門がガラガラと音を立てて上に登って行った。  正門をくぐるとこれまた驚いた事に盛大に歓迎された。花が舞い、歓声が届く。  一体全体これはどういう事か。自国の皇子が男を娶ったんだぞ。おかしいと思わないのか。  と次々に疑問を浮かべる麗楊。  皇城はとても荘厳で、とても大きかった。本殿と思われる場所は神でも住んでいるのではないかと思うくらい派手に装飾されている。  石階段の下に着き馬車から降りると1人の女性が待機していた。 「ようこそ、遥々遠路からお越し下さいました麗楊様。私、婁阿(るお)殿下の筆頭女官を務めます柚鈴(ゆりん)と申します。以後お見知り置きを」 「私は陸と申します。若様の側仕えです」 「よろしくお願い致します」 「婁阿?」 「あら」  はて、誰だ?と思っていると柚鈴は驚いた顔をして説明してくれた。 「婁阿殿下は我が国の第二皇子。すなわち麗楊様の婿様になります」 「は」  仮にも夫となる者の名前を把握していなかった事に少し罪悪感を覚える麗楊。  すると柚鈴にじっと見られている事に気付いた。 「何だ?僕に何かついてるか?」 「あ、いえ。美しい翡翠の髪と瞳だと思いまして。見惚れてしまいました。婁阿殿下には内緒でお願いしますね。殺されかねないですから」  と、言いつつ愉快に笑って見せる柚鈴。どこまでが本気でどこから冗談なのだろうかと苦笑いを見せた。  「ではご案内致します」と柚鈴は手を上げ誘導する。 「この後早速式を行うのですが、直前まで婁阿殿下とお会いする事はありません。麗楊様は遅れて登場して頂く事になります」  そうして案内されたのは黒曜宮という所らしくこれから夫婦二人で過ごす場所らしい。一応それぞれ私室もあるようだが、基本的には黒曜宮の礫の間と呼ばれる部屋が主な生活をする場所との事。  何だか急に現実味が帯びて来て麗楊はむず痒く感じた。 「ではこれから私めが麗楊様の支度をお手伝いさして頂きます」  妙に張り切った様子で腕まくりをする柚鈴に、されるがままになるのであった。  陸は邪魔になるといけないと思い、麗楊の私物を解いて行く。  それから一刻後、柚鈴はやり切ったというように汗を拭った。よくやく終わったのかと麗楊が鏡を見ると、見違えた姿の自分が写っていた。 「うわ、誰これ…」 「あら。可愛らしい反応ですね。良かったです」  元々白い肌は、艶やかに頬には少し赤みを乗せ、目端の際には赤い線が描かれている。よって麗楊の大きな瞳がとても強調されている。 「あ、麗楊様」 「ん?」 「額のこの(しるし)は何でしょう」  それは麗楊にも陸にもある、龍の民である証にもなる。小指の先程度の赤い花の印が入っているのだ。 「ああ、これは桃の花の印で僕達龍の民は六歳になると特殊な染料で入れるんだ」 「桃の花ですか」 「桃が龍の好物らしい」 「そうなのですね。奥が深いです」  ーこれは奥が深いのか?  よく分からないが柚鈴はなんだか嬉しそうだ。 「そういえばさ、婁阿殿下はどうして僕に縁談を申し込んだの?凄い謎なんだけど」 「うーん……それは殿下本人に聞いてみてください」  話すなと言われてるのか、言いにくそうな返事に麗楊は「分かった」とだけ短く返事をした。  そしてその時は来た。  若干緊張した面持ちで長い廊下を移動する。遂に式が始まるのだ。  麗楊は龍翠国伝統の、婚礼時に花嫁が被る薄い白い絹で作られた物を頭に被っている。衣装も白と麗楊の翡翠と同じ腰紐を使用し男用の花嫁衣装として柚鈴があつらえたらしい。 「では麗楊様。この扉が開きましたら赤い絨毯が敷かれた所を真っ直ぐ歩いて下さい。その先に婁阿殿下がお待ちです」 「わ、かった…」  遂に会う事が出来るのか。そう思うと心臓が跳ねる。  合図もなく扉は開かれた。  扉の先は広い空間になっており、石上に柚鈴が言っていた赤い絨毯が縦に敷かれている。  真ん中だけ吹き抜けで太陽の光が差し込み、それを囲うように二段ほど上に幾つもの席が設けられている。  大勢という訳ではないがまばらに席は埋まっており、正面の上段にはおそらくこの国の帝君と皇后だろう。  そして、赤い絨毯の延長線上。白い婚礼服を来た男が麗楊を凝視しているのに気付いた。  すらりと背が高く、遠くからでもそれなりに体格が良いのが分かる。漆黒と言っていいほどの黒く背中までの長い髪がゆるやかな風に靡いていた。  ーあの人が僕の婿  目の前まで来ると顔立ちがはっきり見えた。  そして麗楊を見つめ、にこりと微笑む。それに麗楊は少しどきりと心臓が跳ねる。  とてもくっきりした目、鼻、口に綺麗な琥珀の瞳。麗楊も一般的よりかは背が高い方だが、彼の場合頭二つ分より高い。どうやったらそんな高くなるのか、と気になる麗楊だった。  すると、彼から手が差し出される。 「お手を」  心地の良い低い声。麗楊は差し出された手を掴むとそのまま隣に立った。  そして巫女が誓いの口上を述べる。 「慶花稜第二皇子、婁阿殿下。貴方は麗楊殿を妻とし支え生涯愛する事を誓いますか」 「誓います」 「龍翠国第三の若様、麗楊殿。貴方は婁阿殿下を夫とし支え生涯愛する事を誓いますか」 「…ち、かいます…」 「では、神祭院巫女、清月(せいげつ)の名の下にお二人が夫婦として認められた事を祝福いたします」  巫女が持っていた鈴をシャリンと3回鳴らすと同席していた者達が一斉に立ち上がり大きな拍手で祝福の意を示す。そして鐘の音が辺り一体に響き渡った。    
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