若い翡翠の龍の嫁入り

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 あまりの音の大きさにかなり驚いてしまった。それに気付いてか婁阿が麗楊の肩を抱き寄せ「大丈夫か」と耳元で囁いてきた。麗楊はただ頷く。 「では行こうか」 「あ、はい…」  婁阿に手を引かれ再び赤い絨毯の上を歩き会場を後にした。自分より大きな手になんだか照れてしまう。本当に結婚してしまったんだ、と。  ただ麗楊の頭の中には家出する気でいるが。 「麗楊様、素晴らしい佇まいでした!」 「本当に、若様っ…大きくなられて…!」  扉が閉まると満面の笑みを見せる柚鈴と、感動の涙を流す陸が勢いよく出てきた。  呆れたように麗楊が見ていると婁阿が間に入る。 「夕餉(ゆうげ)まで時間があるだろう。それまでは麗楊と二人で居させてくれ」 「かしこまりました。ではお時間になるまで黒曜宮には誰も近付かないよう伝えておきます」 「ああ、助かる。麗楊、行こうか」 「えっ、あの…!」 「では若様。また後程」 「いや、お前は僕の側仕えだろ!」  という麗楊の声虚しく、陸は我が子を見送るような眼差しで手を振っている。  裏切り者!と心の中で叫ぶ。   「式は短いがこれで終わりだ。後は宴を夜に用意している。それまで俺達は互いについて話そうじゃないか」 「ああ…そうですね」 「敬語はやめろ。もう夫婦なのだから」 「うっ…」  そう言われてしまうと恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。それを見た婁阿は嬉しそうに笑みを溢した。  ほどなくして黒曜宮に着いた。二人の自室に入り向かい合って座る。 「自己紹介からいくか。俺は婁阿。この国の第二皇子だ。戦では将軍の役目を担っている」 「龍の民が一人。龍翠国の第三の小龍、麗楊。武術が好きだ」 「ああ、知っているよ」  そう得意気に言う婁阿に怪訝な顔をした。婁阿は少なからず麗楊について知っているようだ。 「凄い気になってる事を聞いてもいいか?」 「どうぞ」 「どうして婁阿は僕に縁談を申し込んだんだ?会った事無いだろ?」 「まあこうやって面と向かって会った事はないな。実は一目惚れだと言ったら信じるか?」 「……一目惚れ?」  試すような笑みを向けられる。本当なのかどうなのか。ただ一目惚れされるような何かがあっただろうか、と思う。 「武術大会」 「……えっ、居たのか!?」  それは麗楊が無断で国外に出て、勝手に参加した武術を極めし者達が集まる大会。一度しか参加した事が無いのでしっかり覚えている。  あれは麗楊が十三歳の時だ。しかも優勝してしまったので後から母の桃里にしっかり怒られた記憶もある。 「俺もお忍びで武術大会が開催される国に丁度居たんだ。元々は武術大会を見る事も参加する事もしない予定だったが、まさかの龍翠国第三の若様が参加すると聞いて見に行ったんだよ。その時の麗楊の武術と華麗に舞う姿に一目惚れをした」 「ふぅん……」  最初は疑ったが、これは本当の事を言っていると鈍い麗楊でも直ぐ理解した。慈しむ瞳に嘘は言っていない。そして、そっと婁阿の手が頬に優しく触れた。 「これは運命だ、と思った。何としても麗楊が欲しい」 「う…」  どうしてこうも恥ずかしい事を簡単に並べられるのか。麗楊は恥ずかしさで中々顔が赤くなるのを治められないというのに。 「俺はあの後直ぐに龍翠国の国主に文を送ったんだ。麗楊と結婚させてくれと」 「ええ!?母上に!?」  これは驚きだ。そんな話聞いた事が無い。 「龍翠国は十七歳になると婚姻できるのだろう?だから、麗楊が十七歳になるまで俺の気持ちが変わらなかったら考えてやる、と返事が来た」 「え、僕の意思はどこ」 「そして俺は麗楊が十七歳になるまでの四年間、己に磨きをかけ、訓練に励み、毎日麗楊の事を考えおかしくなりそうだったよ」 「もう十分おかしいのは理解した」 「そうか。分かってくれるか」  取り敢えず桃里は約束を守ったということ。ただ婚姻が許されたのは他にも理由がありそうだ、と麗楊は父の言葉を思い出した。  だが、何かは教えてもらえないだろう。 「だから、今日麗楊がちゃんと来てくれて心の底から嬉しい」  秀麗な顔が、麗楊だけに微笑みかける。その破壊力は凄まじい者だった。麗楊は顔を真っ赤にして婁阿から背けた。  いきなりこんな求愛されるとは思っても見なかったのだ。 「直ぐには無理だろうが、少しずつ俺の事も好きになって欲しい。そして、世界一幸せな夫婦になろう」 「規模が大きすぎる…!」  この男はいちいち隠す気は無いらしい。これが毎日続いては心臓が持たないと憂鬱な気持ちになる麗楊。  そして婁阿から衝撃の言葉が紡がれる。 「本当は今直ぐその唇に口付けをして、寝台に連れて行き麗楊を愛でたい気持ちで一杯だが、それは初夜に取っておく」 「………ん?初夜?」 「勿論、逃すわけがない」 「べ、べべ別に本当に…行う必要は無いのでは…」 「それを俺が許すと思うか?」  蛇に睨まれた蛙。獲物を捉え逃がさないという強い意思。なんという男に捕まってしまったのだと泣きたくなる麗楊だった。  時は夕刻。宴の時間になった。  主役二人を迎えにきた柚鈴と陸は、何故かもう既に疲れた様子の麗楊と、明るい表情の婁阿が視界に入る。   「若様、大丈夫ですか?」 「…うん」 「皆さんもう既にお待ちです。行きましょう」  宴はとても賑やかに華やか豪華絢爛。  主役二人が到着すると、賑やかさはより一層増した。屋根から吊るされている提灯は明るい色を発し、優雅な音楽も流れている。  まず麗楊と婁阿は帝君と皇后に挨拶へ行った。二人とも美しい見目をしており、麗楊は横にいる婁阿を見て、成程遺伝か、と納得した。 「帝君、皇后様お初にお目にかかります。龍翠国から参りました麗楊です」 「畏まった挨拶はいい。龍翠国第三の若様よく参られた。遠路から着いて早々結婚式と慌ただしくてすまない」 「この子がもう待ちきれないと言って聞かなくて」  そう言って皇后がジト目で婁阿を見やる。当の本人は何言われても気にならないようだ。 「こらからは家族になるのだから、父、母と呼んで頂戴」 「君が来てくれて本当に良かった。もし万が一断られでもしたら婁阿が何をしでかすか…」 「え……」  両親をここまで怯えさせるとは、一体この婁阿という男は何をしたというのか。  麗楊は若干引いた顔で婁阿を見上げる。すると、穏やかな笑みと共に何も聞くなという声が聞こえたような気がした。  それから麗楊と婁は用意された席に着くと、美味しそうな食事が用意されており、傍にはお酒も置いてあった。 「麗楊」 「何?」 「酒は飲むなよ?」 「どうして。僕そんなに弱く無い」 「酔った状態で初夜を迎えられても困る」  平然と言ってのけるのだから、こちらとて困る。   もう何も気にせず食事でも、とまず牛肉から手を付けた。丁度いい火加減で食べやすい。予想をこえた美味しさに表情が輝く。  婁阿は勿論のこと、周りの客人も温かい気持ちになり頬が緩んだ。 「可愛い顔して食べるね!」 「はぐっ」  突如話しかけられ目が点になる。知らない間に近くに来ており、興味津々という顔で麗楊を見ていた。  灰色の短髪を無造作に流し、整った顔をしている。好青年といった印象だ。  しかし誰だろうか。少し婁阿に似ている気もする、と麗楊は思った。 「尤刃(ゆうは)、麗楊に急に話しかけるな。喉を詰まらせたらどうする」 「婁阿兄さんは煩いな。俺は今若様に話し掛けてるの!」 「えっと…」 「あ、俺はこの国の第三皇子で尤刃っていうんだ!宜しくね、若様!」 「僕は麗楊。じゃあ義弟?になるのか?」 「でも俺は二十歳だから、麗楊より年上なんだよね。だから義兄さんって呼んでよ」 「へえ、そうなのか。……ん?という事は婁阿は何歳なんだ!?」 「俺は二十三歳。麗楊の六つ上だ」  ーなっ…  年上だとは思っていたが、六つも離れているとは思っていなかった麗楊。横にいる尤刃は苦笑いを浮かべている。 「麗楊は武術がかなり得意って聞いた。今度手合わせしようよ」 「それはいいな!是非やろう!」 「うんうん。婁阿兄さんが羨ましい。こんな美人で可愛いお嫁さんもらえたなんて!」 「煩いぞ。それ以上麗楊に近付くな。さっさとあっちへ行け」 「ちぇっ。じゃあね麗楊」  追い払われた尤刃は不服そうに自分の席は戻って行った。婁阿の対応に大人気ない、と麗楊は感じるも何も言わない事にした。  宴も終盤。踊り子達が出て来て今度は舞いを見せてくれた。龍翠国の舞いとはやはり違うが、他国の舞いも良いものだ、と麗楊は楽しくなる。  舞がつつがなく終わると、盛大な拍手で幕を閉じた。  先に主役である麗楊と婁阿が退出する。  麗楊はこの時楽しくなってすっかり忘れていた。  初夜という一番懸念しないといけない事が待っているという事を。 「麗楊様。湯浴みの準備が整っております。こちらへどうぞ」 「ああ、ありがとう」  ヒノキだろうか。それで作られた大きな湯桶からは良い香りがしとても落ち着けた。  数人の女官が入って来て念入りに洗われる。時々に「綺麗な翡翠の髪ですね」や「お肌がなめらか」など感想を言われたがあえて反応はしてあない。  そして柚鈴が香付けの香油を出した所で麗楊は不思議に思う。 「柚鈴、どうして香油を?」 「どうしてって…麗楊様。これから記念すべき『初夜』ですよ?」 「…………あ」 「うんと美しくして差し上げます!」 「…あ…ああ、あーー!!」  思い出して途端に慌てふためく。なぜそんな大事な事を忘れてしまっていたのだろうか。やるせなさで項垂れた。 「全て婁阿殿下に任せれば良いのです。そしたら勝手に気持ち良くなって気付けば朝ですよ」 「よくもそんな簡単に言えるな…」  そもそも、麗楊にとってこういった色のつく話は初めてに等しい。自分とは無縁と思っていたのだが。常識的な事は把握しているが、艶事の種類など知るわけが無い。 「いえ、婁阿殿下の長年の想いが今日実ると思ったら…私嬉しくて嬉しくて…麗楊様を最高に仕上げて差し出したいのです!」 「り、陸は!?どこ!?」 「陸殿は閉じ込めてあります」 「は?何で」 「婁阿殿下のご指示で。男は一切寄せ付けぬようにと。さ、麗楊様。浣腸しますよ」  悪魔のような微笑みに麗楊が悲鳴を上げたのは言うまでもない。  本当に。とんだ男に嫁いだものだと麗楊は先が思いやられるのだった。  女官達に丁寧に床入りの準備をされ、問答無用で部屋に通される。  部屋は蝋燭が一本灯っているだけで、それだけでこれから起こる事を容易に連想させた。寝台には既に婁阿が座って本を読んでいた。麗楊に気付くと、優しく微笑み手招く。  ぎこちない動きで側によると麗楊は婁阿に抱き抱えられた。
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