報い火

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昨年の事。 両親のコロナワクチンの接種券が届かなかった為、私は居住する町の保健センターに問い合わせをした。 すると、担当者曰く、「手違いがあり発送を忘れてしまっていた」そうだ。 「今取りに来れば直ぐに渡せる。郵送も出来るが、その場合は、発送から到着まで数日かかってしまうかもしれない」 と、言われた私。 その日は丁度暇だった為、私は保健センターまで接種券を取りに行く事にした。 が、この保健センターがかなり分かりにくい場所にあり、私は大人になって初めて迷子になってしまう。 グーグルマップでも上手く分からず、保健センターに問い合わせてみる私。 すると――よりによって、電話に出たのが中学生の時に私をいじめていた女子だった。 本当だったら、直ぐにでも電話を切りたかった私。 しかし、今日接種券を取りに行かなければ、両親が接種出来る日がどんどん遅れてしまう。 私は、自分の事がバレない様にしながら、やり取りを続けることにした。 けれど、個人情報等の都合上、受け取りに行く接種券の宛名と自分の名前をどうしても告げなければいけなくなってしまう。 私は渋々、自分と両親の名前を開示した。 と、直ぐに私が――自分が中学でいじめていた存在だと理解したらしい女性職員。 彼女の声音は、直ぐに嫌なにやにや笑いを含んだ声に変化する。 そうして彼女は、保健センターへの誘導を開始した。 が、何かがおかしい。 私は彼女の言うとおりに進んでいるのだが、どんどん人家の少ないエリアに入っていくのだ。 不審に思った私は、グーグルマップで自分の現在地を調べる。 すると、保健センターとは正反対の地区に居ることが判明した。 しかも、保健センターに行くには遠く、ここからどんなに頑張っても営業時間内に保健センターには辿り着けない。 (大人になっても、まだこんなことをするのか) 私は、大人になってもこんなに下らない事をする元いじめっこに激しく憤った。 けれど、どんなに怒ったところで私に出来る事は何もない。 役所にクレームを入れたところで、きっとうやむやにされてしまうだろう。 私は激しい怒りを抱えたまま帰途についた。 と、暫く道を歩いていると、喪服の様な黒い着物を着た老婆と鉢合わせた。 彼女は、右腕に下げていた藤らしき素材の籠バッグから、火のついていないマッチを一本取り出す。 「燃やせるねぇ、燃やせるねぇ」 そう言いながら、貼り付けた様な笑顔で私の方にマッチを差し出して来る老婆。 何となく抗うことが出来ず、私は老婆が差し出すマッチを手にとった。 瞬間、激しく燃え上がるマッチ。 恐ろしくなった私は、思わずそれを老婆に突っ返した。 老婆はそれを受け取ると、とても嬉しそうな笑顔を浮かべる。 「ありがとうねぇ、ありがとうねぇ。燃やせるよぉ、燃やせるよぉ」 そう言いながら、火のついたマッチを握って去っていく老婆。 保健センターが火事になったのは、その日の晩の事だった。
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