蛇に睨まれたオオカミ

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「あ、懐かしい!お化け屋敷やってる!!幼稚園の時に陽兄と入ったわ。」 「え、入るの?」 そう言いながらちゃっかり一番後ろに並ぶと、俺に向かって手招きする。 「ビビってんの?」 「のぞ、ホラーもお化け屋敷も苦手だろ?なに考えてんの?」 「あの頃は俺もまだガキだったから。」 「いや、今も大して伸びてないじゃん。」 「うっぜ!」 ふくらはぎを軽く蹴られながら、俺も大人しく隣に並ぶ。 怖いものが大の苦手なくせに、見たがる癖は今も消えない。 夏の風物詩でホラー特集を楽しみにしている癖に、実際には半分も見れずに蹲っている。 ひとりで寝れないと俺の布団に潜りこんできたことは、一度や二度ではない。 それなのに、全くその反省を生かせずに同じことを何度も何度も繰り返す。 懲りることを知らないのぞは、寝て起きればすべて忘れるくらいの楽天家。 その切り替えのスピードが羨ましいと思う反面、怖くもある。 「のぞのその謎の自信ってどこからくんの?」 「顔。」 「顔か……。」 「顔だね。間違いないね。」 「じゃあ、仕方ないか……。」 「そうそう。諦めろ。」 嫌いなことと苦手なことは全く違うってのぞは言うけれど、俺の背中に張り付いたのぞを見ても、その違いがよく分からない。 「……結構、暗いね。」 「転ぶなよ?」 「ひゃああっ!!」 「……大丈夫?」 「あ、足になんか……こんにゃくついた。」 「ベタなのに引っかかってんの?」 「うっさいなー。」 不可抗力だと分かっていながら、腕をぎゅうぎゅうに抱きしめられるとマジで困る。 指先がのぞの太腿を軽く触れていて、不意に太腿よりも柔らかな付け根にぶら下がったモノに触れるから、マジでタチが悪い。 のぞは恐怖でそれどころじゃないのか、横顔を見ても何の変化もない。 ―――勘弁してくれ……。 「あんまくっつかないで。歩けない。」 「無理。絶対に離れないで。俺だって歩けない。」 「自信どこ行ったの?」 「外出中です。しばらく戻りません。」 「……はやく帰ってきて?」 ラッキースケベだと居直ってしまえば楽なんだけれど、興奮するとすぐにバレてしまうモノが俺にはついている。 深呼吸を繰り返しながら、なるべく無になれるよう心を静める。 コスト削減のためか驚かし役の人間は出てこず、その代わりに統一性のない装飾が施されている。 一番奥の小さな部屋に辿り着き、黒い色の年代物の棺桶が横たわっている。 毎年同じものを使用しているせいか、妙に貫禄があった。 部屋の前には張り紙がしており、鍵を棺桶の中から取りだして出口の扉を開ける仕組みらしい。 「え……鍵、取りに行くって。絶対棺桶から出てくる奴じゃん!分かってるのに怖いってズルくない!?」 「のぞ待ってていいよ。」 「やだ。離れるの怖い。」 「だって見たくないんだろ?」 そう言って腕を離そうとすると、俺の背後に人の気配。 振り返るより先に、のぞの叫び声に耳を塞ぐほうが大事だった。 「でも……い、ぎゃああああああ!!!」 マネキンの中に紛れこんでいた人間が顔を出すと、のぞが俺の腕を千切れんばかりの勢いで振り回す。 「ほら、危ないから。」 そう言いながら自分の腕を回収すると、今度はその場にしゃがみ込み目を閉じると、見えない敵と戦いはじめた。 ブンブン腕を振り回すのぞの腕を掴んで落ち着かせると、幽霊役の女性も堪えきれずに噴きだしている。 「こんだけ驚かせがいのある客も珍しいよ。幽霊役にクソ笑われてんじゃん。」 「だって、人形だと思ったんだもん!」 「人形みたいな顔してるくせに?」 「俺はあんなおぞましい見た目してないだろうが!」 「はいはい。のぞは可愛いもんな。」 「……バカにして。」 「ほら、歩ける?」 「歩けない。」 俺の言葉に居心地悪そうに目を伏せると、ビビりすぎて膝が笑っていた。 幽霊なんかよりも、本物の人間のほうが何倍も怖い。 ―――さっきのピアス男、もう帰ったかな?のぞには絶対に会わせたくない。 「なんで横抱き?嫌なんすけど……。」 「文句言わない。着崩れるからしょうがないだろ?」 「……格好悪い。」 「俺しかいないから気にすることないよ。」 「出口で下ろしてね。」 「はいはい。」 幽霊役の女性に何度も謝られながら、ゆっくりと出口を目指す。 のぞがカギを開けて外に出ると、さっきまで明るかった空は暗くなり始めていた。 提灯がぽつぽつと灯り、混雑していた屋台が空き始めている。 高い方に向かって人の流れが出来ていて、花火の場所取りが始まったようだ。 「のぞ、あっち行こ。」 人が多い場所では、のぞのお面を外せない。 なるべく静かで落ち着いた場所を追い求めて、とりあえず高い場所に向かおうと足を進める。 「いいけど、花火から遠ざかってない?」 のぞにそう声をかけられたが、構わずに上を目指す。 「階段登れば見えそうじゃない?」 「確かに?穴場見つ……。」 そう言いながら、のぞの身体が後方に大きく傾く。 左手がのぞの腕をつかみ損ねて空を掴み、慌てて右手でのぞの腰を掴んで引き寄せる。 そんなに高くはないけれど、石段に頭をぶつけたらひとたまりもない。 「び、ビビった!!!!」 「マジでやめて!!心臓止まりそうだったわ。」 「え?本当だ。めっちゃドキドキしてんじゃん。ウケる。」 のぞが俺の胸に手のひらをくっつけて、楽しそうに笑う。 他人事のように笑うのぞに深いため息を吐きながら、こけないようにしっかり手を繋ぐ。 お返しとばかりにのぞの胸に手を置くと、指先に違和感があった。 焦りと緊張でぷっくりと浮き出た硬い突起を見つめながら、思わず固まる。 「あ。」 「えっち。」 そう言いながら指を弾かれて、慌てて両手を上げる。 「ご、ごめん!違う!!絶対に違う!!事故だから!!!絶対にわざとじゃないから!!」 「いや、そんな必死に謝らなくていいって。女じゃないんだから。冗談だっつーの。」 そう言うと、気にした様子はなく指を絡めてくる。 石段を踏み外した時とは違う胸の痛みを感じ、目をぎゅっと瞑る。 すると、頭の中がのぞの裸でいっぱいになって、今度は息が苦しい。 すこし上を歩く俺を見上げながら、のぞが不思議そうに眉を潜める。 「なんで怒ってんの?」 「怒ってない。」 「テンション下がってんじゃん。」 「どうぞお構いなく。」 「男の乳首触っちゃったから萎えてんの?」 ―――のぞの乳首で萎えるわけねえだろが……!!! 「睨むなよ。こわ……。俺、なにもしてないじゃん?」 のぞに俺の頭の中を覗かせたら、自分の卑猥すぎる姿にドン引きされると思う。 すぐ傍でエロい妄想ばかり浮かぶ俺を優しい笑みで見つめながら、さっき踏み外したことなんてすっかり忘れて2段飛ばしで駆け上がる。 今度は逆にのぞに手を引かれるように、階段の上を目指した。 最後の段を昇り切ると、生ぬるい風が首筋を通り抜ける。 目の前に小さな古い祠があり、下にあった祠が移転する前に祭られていたものらしい。 「あっつい。」 そう言いながらお面をとると、扇子代わりに仰ぎながら濡れた髪をかきあげる。 裾がはだけた姿に慌てて視線を逸らしながら、深呼吸を繰り返す。 「だいぶ着崩れちゃったね。」 「階段これだけ登ればな?」 「ごめん。」 そう謝りながら、スマホで時刻を確認する。 がらんとした小さなスペースには、薄汚れたベンチがひとつあるだけで人気はない。 のぞが浴衣が汚れるのも厭わずに腰をかけると、すぐにドンという腹に響く音が聞こえた。 「もしかして、始まってる?」 「風に流されてんのかも?いつもより右寄りに……。音は聞こえるな?」 のぞが目を閉じて耳の感覚を研ぎ澄ましている横で、俺はスマホを開いて自分の場所を確認しながら背伸びをする。 「でも、見えない。」 「だな。多分、あの駅前のマンションが邪魔してる。空が明るくなってるから。」 駅前に建ったばかりマンションを指すと、笑いながら諦めたようにベンチに腰をかける。 「のぞは分かってたの?」 「何が?」 「見えないだろうって。」 「こんだけ人がいて誰も階段上らないから、見えるスポットじゃないだろうなって……。」 「気づいてたなら言えよ。」 俺がそう怒ったのに、のぞはただ笑みを浮かべたまま空を見上げる。 「でも、星きれい。」 「うん。」 合宿の時ほどではないけれど、空に浮かぶ星に目を奪われながらのぞの隣に腰をかける。 「この前の合宿でさ、星がすごい綺麗だった。」 「へえ。」 「のぞに見せたいって思って撮ったんだけど、上手く撮れなくて……今日一緒に見れてよかった。」 「咲って意外にロマンチストだよな?」 「意外って何?」 俺の言葉に微笑みながら、夜空に視線は向けたまま。 のぞの横顔に見惚れていると、のぞが不意に俺を見つめる。 「なに?」 「なにが?」 「ずっと俺のこと見てんじゃん。一緒に星空見たかったんじゃないの?」 「いや、綺……。」 「木?」 ―――いやいや、同性の友達に「綺麗だから見惚れてた。」はキショいだろ……。 暑さのせいで頭が回らないから、普通の会話すら危うい。 余計なことを口走りそうで自分の指先をじっと見つめていると、のぞの手がそっと重なる。 俺の指を撫でる指先に、背筋がぶるっと震えた。 「え、寒いの?」 「どうぞ、お構いなく。」 「おいで。」 そう言って、手を広げて見つめてくる。 誘われるままに手を伸ばすと、俺の頭を抱え込むように抱きしめられた。 「あ、あの……。」 「黙って。」 のぞに言葉を封じられ、鼻先にのぞの首筋がある。 滝のような汗をかいているはずなのに、なぜか熟した果実のような甘い匂いが漂う。 ―――すげえ、禁断の果実の匂いだ……。 その匂いに当てられて酔っ払っているような錯覚に陥り、思考力がどんどん低下する。 うだるような暑さのせいか頭が痛くて、縋るように骨ばった背中を撫でる。 のぞの体温をより近くに感じて、でも薄い布が邪魔だった。 首筋を指先でたどりながら、もっと触りたくてそのまま肩に手を滑らせる。 すると襟が大きくはだけて、華奢な肩が露わになった。 月明かりの元に照らされたのぞの白肌は、眩暈がしそうなほど美しい。 虚ろな思考のまま、帯に指を引っ掛ける。 「あ、だめ。」 「……え?」 のぞに手首を掴まれ、真っ赤な顔で見つめられた。 その表情の意味を汲み取るまで、3秒以上のタイムラグを要する。 ―――え、拒否られた……?いや、そりゃそうだよ!何いきなり脱がそうとしてんの!?超怖いじゃん? 「着付けできないから……。続きは今度して。準備してないし……。」 のぞがもごもごと文句を言っている気がするのに、動悸がひどすぎて言葉が理解できない。 俯きながら襟を正して、はだけた裾を慌てて揃える。 会った時の姿と遜色ないはずなのに、さっきのはだけた姿がちらついて、のぞの浴衣がまっすぐに見られない。 ―――何してんだよ!?のぞ、嫌がってるのに……!! 「咲?」 「な、なに?」 のぞに手を繋がれたけれども、咄嗟に振り払ってしまった。 これ以上触ると、何をするか分からない自分が怖すぎる。 どう取り繕ってもさっきのはアウトな気がして、頭がずっと混乱を極めている。 謝ったところで許されることじゃないことに、片足を突っ込んでしまった。 ―――どうしよう、どうしよう、どうしよう……!!! 俺の絵にかいたような慌てように、のぞが戸惑ったように微笑む。 「帰ろっか?」 泣きそうな表情ののぞに促され、静かな境内をゆっくりと歩く。 さっきまでは仲良く手を繋いでいたのに、今はやけに離れた距離にいるのぞのうなじを見つめながら、後悔の念に駆られていた。
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