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田中 千里(たなか ちさと)
気持ちのいい風に誘われて、カーテンを開けて窓の外を見つめる。
にっしーの熱がこもった声が響く校庭を見つめると、のぞみんが所属する陸上部が活躍していた。
アップを兼ねた走り込みを終えて、すっかり息が上がった部員を尻目に、のぞみんは退屈そうに大きな欠伸を繰り返している。
スタイルがいいせいか、その姿は遠目で見てもよく目立つ。
同じクラスにいることが、今でも不思議だ。
のぞみんを初めて教室で見た時、あまりの美しさに教室にいることを忘れたほど。
絵本で読んだお姫様が現実世界に飛び出してきたような、そんな衝撃。
細部まで丁寧に作られた人形のように美しい姿で、動作すべてが優雅に見えた。
繊細なパーツが完璧に配置され、いくら近づいても毛穴が見当たらないほど、滑らかな白い肌をしていた。
スタイルが常人とはかけ離れているせいか、女性的すぎる顔立ちのせいか、男の制服があまりにも似合わない。
華奢すぎる肩幅で肩の位置が合わず、長すぎる手足のせいで、もたついて見える。
目の前で柔らかな表情で微笑まれると、呼吸ができないほどの圧迫感。
背景に花びらが咲き乱れ、男という害虫が集るのがよくわかる。
出会って2週間経ったというのに、未だに見慣れない。
挨拶は交せるようになってきたが、見惚れてしまってなかなか会話が続かない。
美人は三日で飽きるというが、度を越した美人は全く見飽きないことを知った。
誰もが尻込みするような容姿ののぞみんが唯一気を許している人間が、A組の今野だった。
この前までランドセルを背負っていたのが信じられないほどの長身で、中1のくせに貫禄まで備えていた。
華奢なのぞみんの傍にいると、デカい図体が余計に目立つ。
不機嫌そうな表情で周囲に威圧感を与えながら、のぞみんにだけ優しさを振りまいていた。
のぞみんと仲がいいなら話を聞きたくなるが、迫力に気圧されて今野もA組では浮いていると彼女から聞いている。
今日も陸部の周りには人だかりができていて、その中心にいるのぞみんに熱心な視線を注いでいた。
その視線を全身に浴びながら、のぞみんは顧問であるにっしーをまっすぐに見つめている。
にっしーがよほどお気に入りなのか、休み時間の度にC組に顔を出していて……
かわいすぎる笑顔で、D組のみならずC組までも虜にしている。
まだ入学から1ヶ月も経っていないが、既に全校生徒にのぞみんの名前と顔はしっかり覚えられていた。
それと同時に今野の存在も知られていて、ふたりでみんなの噂の中心となっている。
いつものぞみんとセットのようにつるんでいる今野が、D組にふらっと現れた。
珍しいピンの今野に興味を引かれて、のぞみんの不在を知らせようと近づくと……
いきなりネクタイを掴まれて、用具入れに背中を思い切り押し付けられた。
すっかり気を抜いていたから、息が吸えないことにパニックに陥る。
今野の腕を何度も何度も強く叩いてようやく解放された時には、情けないことに立てないほど膝が笑っていた。
取っ組み合いの喧嘩なんて今まで縁がなく、突然の暴力に頭が真っ白になる。
「のぞに何した?」
「はあ?」
息を整える暇も与えずに詰め寄られて、頭がまわらない。
眉間に深い皺をつくり、鋭すぎる眼光でじっと睨まれた。
「この前の休み時間、のぞに何した?」
「あー、それは俺じゃない。」
「誰?」
「あいつ。」
そう言いながら後ろで半泣きの土井を指すと、今野が音もなく近づいていく。
いつものぞみんに見せる穏やかな表情ではなく、無表情で迫る姿に空気がやたらと重く感じた。
「お前、何した?」
「ご、ごめんなさい。」
「許す気ないから謝罪いらない。何をしたのか聞いてるだけ。」
「す、少し……触っただけ。」
「どこを?」
「ごめんなさい!もうしないから!」
「どこ触ってた?」
「机の下で、こっそり内腿撫でてた。」
今野が俺に向かって聞いてくるから、正直者の俺は素直に白状する。
涙目な土井に思い切り睨まれたが、別に痛くも痒くもない。
「ごめん!胡蝶ちゃんにも蹴られて、もうしないから!」
「しないのなんて当たり前。のぞ、めっちゃ怖がってたんだけど?」
「ごめん!ごめんなさい!!」
「こんな指はいらねえよな?」
真顔でそう言うと、右の人差し指を思い切り捻る。
「い、っつ!!!お、折れた!」
「折ってない。打撲。数日で治る。」
淡々と言いながら、今度は俺たちに向かって視線を向ける。
「次、またのぞの許可なく触ったら、股間蹴り飛ばしてタマ潰す。連帯責任だから全員潰す。他の連中にも言っとけよ。のぞ泣かせたら女にしてやる。」
低いのによく通る声でそう言うと、のっそりとしたクマのような動作で窓に近づく。
さっきまで鋭い目で俺たちを睨んでいたのに、窓の外を見る時の表情はやたら穏やかだった。
誰を見ているのかは確かめるまでもなく、口元には優し気な笑みすら浮かべている。
のぞみんも今野に気がついたのか、小さく手を振る姿のギャップがエグい。
振り返ると、先ほどの今野の表情に戻っていた。
俺たちを親の仇かのように睨みながら、ゆったりとした足取りで教室を後にする。
―――今野、こわっ!!!
身長も高く、純朴な雰囲気で落ち着いているから、同い年に思えず大人びて見えた。
いつも教室では澄ましたのぞみんが、今野の前だと子供のようにはしゃいでいて、より一層可愛く見える。
今野とのぞみんがいると親子のように見えて、なんだか微笑ましい。
それなのに、のぞみんがいないとこうも雰囲気が違うのかと驚きながら、指を押さえながら狼狽える土井を見下ろす。
「お前のせいでタマなしになりたくねえから、絶対触んなよ?」
「田中がチクったせいだろ?お前マジで最悪!」
「俺がチクらなきゃ全員殴られてた。」
「はあ?」
「最初の見たろ?俺は何もしてないのに首絞められた。今野は連帯責任って言ってたから、犯人言わなきゃ打撲だけじゃ済まない。」
「なあ、普通におがっちにチクろうぜ?」
「てことは、のぞみんにセクハラしたことも正直に吐けよ?お前がそこだけ隠すなら、俺が代わりにチクる。」
「田中はどっちの味方なわけ?」
「俺はのぞみんの味方。可愛いは正義だろ?」
「じゃあ、一緒じゃん?」
「一緒にすんな。俺はのぞみんのこと可愛いと思ってるけど、お前らみたいに手を出す気はない。蝶よ花よって可愛がるだけで満足だから。」
「きれいごとばっかり言いやがって!」
「心が綺麗だからしゃあなし。」
「お前ハブる。すげえうぜえ!」
「オッケー。短い間でしたが、大変お世話になりました。ではお元気で。」
別に話しかけられたから話していただけで、こいつらになんの情も未練もない。
気を遣う人間の傍にいるよりも、ひとりのほうが気楽だ。
3人に手を振りながらお別れを告げて、カバンを掴んでテニス部へと向かった。
***
いつもの放課後。
部活に向かおうと中庭を通っていると、のぞみんが校舎のほうに走っていく姿が見えた。
しばらくして上級生と思しき男が数人、追いかけるように校舎に向かっていく。
―――これ、すっげえヤバいんじゃない?
そう思った時にはカバンを投げ捨てて走っていて、先輩たちの裏をかくために反対側の階段を駆け上ったところで、のぞみんと鉢合わせになった。
「のぞみん大丈夫?」
「え、誰?」
混乱しているせいか、視線がまったく合わない。
教室で話している時とは別人で、やけに落ち着かない様子で周りをしきりに気にしていた。
「同クラの田中。覚えてない?」
「また後で。」
「なんかあった?」
「なんでもない。大丈夫。」
じっとしているのが不安なのか、再び走り出しそうになる腕をしっかりと掴む。
そこで初めて視線があった。
全身で怯えていて、今にも泣きだしそうな表情。
その顔すらやたら可愛くて、男の支配欲をそそる姿に思わず頭を抱える。
―――ヤバい。この顔はかわいすぎて、追い駆けられるわけだわ……。
「今野はどこ?」
「咲は部活。」
「あいつバスケだっけ?あいつの近くにいたほうがよくない?体育館まで送ってく。」
「無理。」
「なんで?」
「咲にバレたくない。」
「で、ずっと逃げてんの?」
「咲がいないと家に帰れないから。咲がいないと何もできないから……。」
今にも泣きそうになりながら蹲るから、同い年とは思えないあまりにも初心な姿に情が湧いた。
今野みたいに喧嘩も強くないし、面倒ごとに巻き込まれたくはない。
―――だけど、この子は放っておけないよな……?
「こっちおいで。」
「え?無理!やだ!離してっ!!」
俺が腕を引っ張ると、全身の力を込めて抵抗をされた。
「あー、絶対に何もしないから!先輩から逃げるんだろ?今野と違って喧嘩ザコだけど、サンドバックくらいにはなれる。一緒にいこう?」
そう言って手を差しだすと、折れそうな細い指でしっかり握り返してきた。
逃げようと言ったものの、腕を引かれるのは俺のほう。
のぞみんのほうが足が速いし、逆にお荷物になっていた。
適当に逃げているだけかと思いきや、相手とバッティングしても逃げられるように、ちゃんと筋道を考えて走っている。
無能だろうと見くびっていた自分が嫌になるほど、走っている時には隙がない。
これなら、簡単には捕まらない。
そのことがやけに嬉しくて、緊張のドキドキよりもワクワクが勝ってしまう。
「テニス部行こう。」
俺がそう提案して、校舎を抜ける。
校庭にいるサッカー部員から不躾な視線を浴びると、のぞみんが小走りにそこを走り抜ける。
敵が多そうだとのぞみんを見ると、不安そうに手をぎゅっと握ってきた。
離さないようにしっかりと指を絡めながら、体育館の先にあるテニスコートに向かう。
「今野と仲良いの?」
「幼馴染。幼稚園からずっと一緒。」
「のぞみんと同じ小学校って全然いないね?みんな違うって言ってた。」
「あー、学区外のとこ通ってるから。」
「そうなんだ。」
俺がそう応えると、不思議そうに顔を覗き込まれる。
理由なんて聞かなくても、簡単に想像できる。
このルックスで、何もない方がおかしい。
先ほどの怯えた表情を思い出し、今野の怖すぎる表情を思い出し、口の中がやたらと苦い。
額の汗が目に入り、袖で拭いながらのぞみんを見つめる。
汗だくになっている俺に反して、のぞみんはうっすら額に汗が滲む程度。
校庭で欠伸をしていた姿を思い出し、見た目よりも大分体力がありそうだった。
「田中はテニス部なの?」
「のぞみんは陸部だよね?鬼速くてビビる。」
「好きで走ってない。」
「今野待つ間、今度からテニス部来ない?」
「え?」
「教室で1人でいるよりはましだろ?おがっちが顧問だから、先輩も近づけない。」
「いいの?」
「全然いいよ。うちの部はめっちゃ緩いから、のぞみんなら大歓迎だと思う。」
「田中っていい奴だね。」
「てか、今野にチクれば?」
「え?」
「先輩に追いかけられたって言えば、ボコボコにしてくれそうじゃん?」
「無理。」
「なんで?」
「……咲がケガすると困るから。」
「いやいや、今野よりも先輩が殺されるでしょ?」
先日の教室でのできごとを思い出し、今野がやられる姿なんてまるで思い浮かばない。
俺がザコなことは置いておいて、不良には見えないのに喧嘩慣れしている気がした。
「俺のこと余裕で抱っこできるくらいだから力はあるけど、まだ1年だし先輩怖いから……。」
「のぞみんなんて、俺でも余裕で抱っこできる。」
「さすがに田中は無理じゃない?おんぶはできるだろうけど。」
「今野の抱っこってどんな感じ?」
「え?横抱き。」
当たり前のようにそう言うから、2人の関係性がマジで謎過ぎる。
―――てか、どのタイミングで姫抱きすんの?
彼女に頼まれて一度挑戦したことはあっても、小柄な女子でも結構重かった記憶がある。
のぞみんの姿を頭からつま先まで見つめてみると、もしかしたら彼女よりも身軽かもしれないことに思い当たる。
今野のデカさを考えれば、のぞみんくらい軽々と抱き上げられるのかな?
てか、男同士でそれは普通にありなの?
やっぱり2人って、付き合ってんの……?
ほぼ初めましての間柄で、センシティブな疑問をぶつける勇気はまだない。
挨拶くらいは交したことがあったが、話したのは今日が初めて。
他のことに意識がいっているお陰で、顔に気を取られずに会話もスムーズにできていた。
「身長も態度もでかいから、同い年に見えない。今野は心配いらないよ。のぞみんと違って丈夫そうだし。」
「俺はザコだもんな~……。」
「華奢でかわいいお姫様だもん。そりゃ姫抱きされるわ。」
「女じゃない。」
不貞腐れた表情で睨まれても、ノーダメージ。
怒ってても余裕でかわいい。
今野の比じゃない。
「のぞみんは短距離?」
「走るの疲れるから、高跳びにしようと思って。」
「確かに、日常でこんだけ走ってれば十分だよな?」
「田中、甘えてもいい?」
「な、なに?」
シャツの裾を掴まれて、キラキラと光を集める宝石のよな緑色の瞳で、俺の視線を一瞬で奪う。
これが計算じゃないなら、怖すぎる。
なにを甘えられるのかドキドキしていると、俯きながら恥ずかしそうに告げる。
「トイレ行きたい。」
「あっはは。俺も行きたかったからちょうどいいや。」
のぞみんに引っ張られて体育館傍のトイレに立ち寄ると、運動部らしき先輩に鉢合わせしてしまった。
「あ、望海ちゃんじゃん。」
のぞみんに向かって親し気に視線を向けたが、のぞみんは視線も合わさずに俺の腕を引いたまま個室に立てこもる。
「お友達と何してんの~?俺たちとも遊ぼうよ~!」
「で、なんで俺まで?」
のぞみんを見つめると、恥ずかしそうに視線を逸らされる。
「連れ込んでごめん。目閉じてて。」
「あー、わり。」
慌てて目を閉じると、じょぼじょぼと生々しい音が間近で聞こえてきて顔が火照る。
戸惑いながらも目は開けられず、ふたりで個室にいるというだけでやけに緊張する。
―――いやいやいや、これはなんのプレイよ?
「こんなとこまで付き合わせてごめん。田中もする?」
目を開けると、すぐ傍にのぞみんの顔。
艶やかな長い睫毛がきれいな緑色の瞳を隙間なく囲み、至近距離でも欠点のない顔に息を飲む。
女子の理想を丸ごと詰め込んだような顔面で、桁違いのビジュの強さを思い知った。
いくらのぞみんが小柄とは言え、コンパクトな個室に男2人は流石に狭すぎる。
のぞみんに下半身をじっと見つめられ、欲望が顔を出しそうになるから慌てて視線をそらす。
―――これ天然なんだよな?俺、誘われてないよな……?
「いや、大丈夫。あのさ、俺以外と個室入るなよ?」
「え?なんで?」
「のぞみんが友達だと思っても、絶対にやめとけよ?」
「田中はいいの?」
「俺は彼女いるから。」
「あ、彼女いるから大丈夫なのか。わかった。」
そう言って微笑むから、絶対に理解していないことがわかった。
「ちょ、待って?わかってる?マジで大丈夫?」
「だから、彼女いれば大丈夫なんだろ?」
「違う違う違う!あのさ?のぞみんマジで怖いわ。」
「え、俺が怖いの?苦手だった?」
「いや、のぞみんはかわいくて癒される。」
「結局、なんの話なの?」
「だから、あのさ~……。」
どう説明すれば怖がらせずに身の危険を教えられるのか、初心すぎる相手に直球の下ネタを言うのは憚られた。
俺が四苦八苦していると、のぞみんは用は済んだとばかりにさっさと鍵を開けてしまう。
―――いや、人の話を最後まで聞けよ!!!
「2人で何してたの?」
「俺らも混ぜてよ?」
先輩に挟まれながらそう声をかけられたが、のぞみんは視線すら合わせない。
手を洗いながら、先ほどと同じように緊張した面持ちで俯いていた。
すると、一瞬消えたかのように大きくしゃがみ込むと、2人をかわして俺の腕をさっと掴む。
―――すげえ!フェイントうまいっ!!
「走るよ。」
「え……ま?」
のぞみんに腕を掴まれ、再び全力ダッシュ。
まるで運動会をしているようで、明日は筋肉痛の予感しかしない。
「死ぬ。」
俺が床に転びながら肩で息をしているのに、のぞみんは涼しい顔をしながら濡れた髪をかきあげる。
気がつけばまた校舎のほうに逃げていて、先ほどのぞみんを見つけた場所に逆戻りしていた。
「ごめん。スマホ忘れて来ちゃって……。田中、大丈夫?」
「のぞみん、可愛い顔して体力あるよな?」
「顔と体力は関係ないだろ?」
「いつもこうなの?」
「え?」
「毎日こうだったの?」
いつもはおがっちが常に見張っているから、廊下に先輩たちがいても教室には入って来れない。
担任のおがっちは、いつも3年を担当しているらしい怖いと有名なベテラン教師。
なんで1年の担任なのかと部活の先輩たちが噂をしていたが、どうやらのぞみん目当ての野郎を追い払うのが目的らしいことに気がついた。
縦にも横にも大きくて、ずっと運動部の顧問をしているせいか顔つきも厳しい。
先輩たちを追い払う姿は何度も見ているから、のぞみんの担任としては適任だった。
「おがっちに、話しかけられたら逃げろって言われてて……。」
「なんかされた?」
「……大丈夫。」
「本当に?」
「笑わない?」
「笑わない。」
―――てか、きっと笑えない……。
俺がそう言うと、のぞみんが不安そうに顔を歪めながらも、ポツリと喋り始めた。
「男なのかって疑われたから胸見せたんだけど納得してくれなくて、下も見せたら触ろうとしてきたからタマ蹴って逃げた。その先輩すげえしつこくて、今日も追いかけられてて。どうすれば諦めてくれると思う?」
―――いやいやいや、なに大事なとこ平然と見せてんの!?
入学早々何をやっているんだと怖すぎるエピソードに固まりながら、のぞみんの肩を掴む。
この子はまずい。ガチで危険すぎる。
てか、なんでこんなに幼いの?
男子中学生なんてほぼ猿だし、性にめちゃくちゃ興味出てくる年齢じゃん?
自覚がないにもほどがあるだろ……?
なんで危ないって分かんないの?友達とそういう話をしないわけ??
あー、でもこの子と猥談は厳しいか……。ほぼ幼女だもんな。
かわいすぎて、今野以外の友達もいなさそう。
今野の徹底した過保護ぶりから、のぞみんと猥談を繰り広げている様にはとても見えない。
「あー、わかった。俺がついてくから!」
「え?」
「のぞみんの傍にいる。今野は他クラだから、俺の方が色々と都合いいだろ?」
「いいの?」
「いいも悪いもないよ。友達じゃん?」
「……友達?」
「違うの?」
「違わない。俺たち友達だよね!」
満面の笑みでそう言うと、俺の手を両手で包んで握手をしてきた。
アイドルの握手会ってこんな感じなのかと妄想しながら、すっかり心を奪われていた。
「迷惑かけてごめんね。」
「こんなん迷惑に入らないから。」
そう言うと、のぞみんに抱き付かれた。
至近距離で美しすぎる満面の笑みを魅せられて、身体が固まる。
男に思えないほど柔らかな肌に、シトラスの爽やかな匂いが鼻を抜けた。
ぽってりとした柔らかそうな唇が白い肌に目立ち、やたらエロく見える。
―――やっば!!マジで綺麗な顔してんじゃん……!!
「だいすき。」
「え?」
―――それは、つまり告白ですか?今野じゃなくて俺がすきだったってこと……?
思わず固まりながらのぞみんの顔を凝視すると、首を傾げてから言い直す。
「ええと……友達としてだいすき。田中はやさしいね。」
「あー、俺も友達としてだいすきになりました。」
2人で笑い合っていると、のぞみんが俺の背後に視線を向けてぱっと表情を輝かせる。
その顔を見ただけで、後ろに誰がいるのかわかってしまった。
「咲!」
「のぞ!!どこいたの?」
のぞみんにバレないように俺を思い切り睨むと、首に回された腕を秒で解かせる。
絶対に、いらぬ誤解を与えた気がする。
「トイレ行ってた。」
「いや、トイレなんてここにないじゃん。教室から遠すぎるだろ?クソ探したわ。頼むからスマホ見てよ。」
「スマホ入れっぱなしで、カバンを教室に忘れてて……。」
「忘れんな!!」
「ご、ごめん。」
「いや、怒鳴ってごめん。心配だったから。」
体操着姿で全身汗だくの今野を見て、必死に探し回っていたことが容易にわかる。
―――そんなに心配なら、目の届く範囲にのぞみんを置いておけよ。
そう突っ込みたくなったが、責めるのが気の毒なくらい狼狽した姿に、言葉には出せない。
のぞみんのことを優しい笑みで見つめてから、俺に射るような視線を向ける。
「こいつ誰?」
「あ、田中。同クラの友達。」
「先日はどうも。」
そう白々しい挨拶をしながらも、今野は俺を見てもなんの反応を示さない。
―――いやいや、先日胸ぐら掴まれてるんすけど、まさかお忘れで……?
「のぞに触んな。」
「は?」
「さっき抱き付いてたろ?」
抱き付かれていたと言い返したいところだったが、殴られそうだから口を噤む。
そのまま腕を引かれてのぞみんから距離をとると、声のトーンをひとつ下げる。
「のぞ、誰に追いかけられてた?」
「そこは気がついてんの?」
「誰?」
「3年の先輩。」
「誰かわかる?」
「組は分かんないけど、バレー部の奴らだったと思う。」
「他もしつこいのいる?」
「たーくさん。」
「どいつもこいつも舐めやがって!全員ぶっ潰してやる。」
「ずっと潰してたの?害虫駆除?」
「むしろ害獣駆除。」
大きなため息を吐くと、のぞみんが今野の背中に抱き付いて来た。
「なに2人でこそこそ話してんの?」
「なんでもない。」
「今日の練習どうだった?」
「基礎練ばっかりで自主練と変わんない。顧問全然こっちに来ないし。」
「早くゲームできるといいね。」
「あ、明日からバスケ部来ていいよ。」
「え?この前だめって言ってた……。」
「掃除終わったから。」
「え?綺麗だったろ?」
「片付いたから。」
眩しいくらいの笑顔をのぞみんに向けるから、片付いたの意味が分かってしまった。
―――なるほど。害獣駆除してたから、のぞみんを部活に呼ばなかったのか!!
「俺、そんなきれい好きでもないけど?」
「のぞに汚い場所は似合わない。」
「もう来るなってことかと思った。」
「んなこと言うわけないじゃん。」
「よかった。」
のぞみんが今野の腕に飛びつき、今野も嬉しそうにのぞみんの頭を撫でる。
2人の甘い雰囲気に酔いそうになりながら、邪魔をしないよう気配を消して後ろを歩く。
「教室はどう?」
「あー、会話が続かない。でも、田中とは話せるようになった。」
「のぞに友達は無理だろ?」
「なんで?咲よりは社交性あるよ。咲は?」
「普通。」
「え、友達できたの?紹介してよ。」
「いや、できない。」
「1人でいるの寂しくない?」
「いらない。」
「そっか、咲は人見知りだもんな。これからも昼メシ一緒でいい?」
「いいよ。」
いやいや、いらないって言ったよ?そこは突っ込むところじゃないの?
こんなに可愛げのない人見知りなんて、許されるのか??
突っ込みたい願望を持て余しながら、天然すぎるのぞみんの横顔とやけに優しい笑みを浮かべる今野を交互に見つめる。
「休み時間は俺が行くから、のぞは教室から動かないで。それ以外でなにかあったら連絡して。」
「わかった。待ってるね。」
教室に着くと当たり前のようにのぞみんからカバンを受け取り、今野が2つ分のカバンと部活カバンを背中に担ぐ。
―――マジで、これで付き合ってないの……?
「すげえ腹減った。コンビニ寄りたい。」
「恵さん心配するから、連絡入れとけよ。」
自分のカバンを担がせておきながら、子供のようにわがままを漏らす。
「足、疲れた。ビリビリする。」
「おんぶしよっか?」
「いや、普通に歩けるから。赤ちゃん扱いすんなよ。」
「赤ちゃんじゃん。陽海さんに髪の毛洗ってもらってんだろ?」
「な、なんで知ってんの?」
「陽海さんからのぞが疲れてるから気をつけろって、連絡もらった。」
「陽兄と咲がなんで連絡とってんの?そんな仲良くないだろ?」
「業務連絡。」
「なにそれ?なんで咲が保護者面してんだよ?」
「彼氏面がよかった?」
「え?は?バ、バカじゃん!?俺は女じゃないって何回言わせるの!!」
「わかってる。のぞはただの赤ちゃん。」
「違うって!!俺たち友達だろ!?」
「はいはい。」
―――なんか、末永くお幸せにって感じだわ。
俺の存在を完全に無視した2人にさよならの挨拶をするのも馬鹿らしくて、幸せそうな背中を静かに見送りながら、部活を終えたであろう彼女に連絡を入れた。
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