蛇に睨まれたオオカミ

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咲 中学に通ってから、初めてのひとりでの登下校。 のぞが隣にいれば秒で着いてしまうその距離が、ひとりだとやけに遠く感じる。 のぞ、食欲はありそうでよかった。 具合が悪いと恵さんから教えてもらった時は不安だったけれど、昼休みに電話した時には元気そうな声に安心した。 小学生の頃は、本当にしょちゅう学校を休んでいた。 家からほとんどでない生活の癖に、インフルエンザなんかの流行りものには毎年罹り、ちょっとした風邪が瞬く間に肺炎に移行する。 外見だけでなく、中身までも繊細に出来ているんだなー……と感心しながらも、風邪を引く度に悪化しないか不安になる。 泣きそうな顔で必死に息をしているのぞが、このまま死んでしまうのではないかと恐くなる。 のぞの泣き顔は、今でも怖い。 虐められるたびにその顔を幾度も見てきたから、襲われていた時に恐怖で顔を歪ませながら泣いていたから、泣き顔を見る度に身体が震える。 コンビニでのぞご希望のプリンやゼリーをかごにいれて、お菓子コーナーで新作のチョコ系を物色してから会計を済ませる。 ほぼ毎日会っているのに、1日会えないだけでもう会いたくて堪らない。 のぞが喜んでくれる顔を思い浮かべ口元が弛みそうになるのを、バレないように手で覆う。 別にひとりでいるのは平気だけれど、弁当の時間にいつもいるのぞがいないのは寂しかった。 特に甘い会話もないけれど、目の前で美味しそうに頬を膨らませる姿は、小動物を彷彿とさせて愛らしい。 見ているだけで癒されて、優しい気持ちになれる。 のぞがいなければ喋ることも忘れそうで、自分がいかにのぞに寄りかかって生きているのかを痛感する。 出迎えてくれた恵さんに挨拶して、恵さん用のプリンを手渡す。 のぞが自室で寝ていると聞いて、不安になりながら階段を上った。 「のぞ入るよ。」 起きているのか寝ているのかも分からないが、のぞは寝ていると地震でも起きない。 適当なノックと声かけで部屋に入ると、のぞが頭までぱっと布団を被ったのが一瞬見えた。 「あれ、起きてたの?」 「……うん。」 布団から目だけ覗かせ、気まずそうに視線を泳がせるから、不思議に思いながらビニール袋を見せる。 「買ってきた。」 「……ありがと。」 それでも布団から手は出さずに、受け取る気もないようだ。 「食欲ないの?」 「今はいらない。」 「……そう。」 いつもならもっと喜んでくるのに、やけに元気がない。 電話口で元気そうだったから、すっかり安心してしまっていた。 「熱ある?」 「ない。」 「どこか痛いの?」 「痛くない。」 「でも、調子悪いんだろ?」 「怠いだけ。」 確かに顔が紅潮しているから、もしかして夜にまた熱が上がるのかもしれない。 「冷蔵庫にしまってくる。」 そう言って部屋を出ようとすると、枕に隠し切れなかったスマホの画面がちらっと見えてしまった。 やけに肌色の多い画面で、裸の男の背中が見えて思わず変な声が出た。 「いぎっ!?」 「ん?どしたの?」 不安そうに見つめられたが、振り返ることもなく無言で部屋を出て行く。 見間違いじゃないよな? のぞが、エロサイトを見てた……!? え、マジで?のぞもエロに興味あるの? あの天使のようなかわいい顔でAV見るの??? バクバクと心臓が肋骨を飛び出しそうなほど暴れていて、発作を起こしたように胸が痛い。 自分のことは思い切り棚上げして、のぞが性に興味あることが信じられない。 年頃の男なんだから興味あるのは当然なんだけれど、無垢なのぞがオナってる姿を瞬時に想像してしまった。 張り詰めたように主張する股間に気がつき、慌てて2階のトイレに駆け込む。 行為を楽しむ余裕なんてまるでなく、さきほどの妄想が頭にはりついたまま離れない。 ―――もしかして……のぞも精通した? そんなことがポンと頭に浮かび、それと同時にのぞに覆いかぶさり腰を振る姿を想像しそうになり、頭を振る。 何度も何度も頭の中では犯し続けているというのに、今日の妄想は全く違う。 今までにないリアルさを含んでいて、手淫だけでは足りずに勝手に腰が動く。 何度かイくとようやく頭も股間も落ち着いてくれて、それでも心臓の早さだけは変わらない。 ドキドキと煩すぎる心臓を押さえながら部屋に戻ると、のぞは卑猥さの欠片もないほど落ち着いていた。 「遅かったな。」 「あ……うん。」 「あれ?冷蔵庫に入れてきたんじゃないの?」 「あー、忘れてた。」 俺の手に握られたままの袋を、のぞが不思議そうに見つめている。 身体の怠さは抜けたのか、抜いたからすっきりしたのか…… 部屋に戻るとベッドサイドに腰かけながら、静かに読書をしている。 でも俺は、正直それどころではない。 ベッドサイドにあるごみ箱の中に大きく丸めたティッシュが見えて、思わず目を背ける。 ―――考えるな!なにも考えるな……!! 「咲、大丈夫?」 「平気。」 「なんか怒ってない?」 「怒ってない。」 怒ってなんていない。 ただ、我慢しているだけ……。 襲いかからないように歯を食いしばっていると、のぞが俺の唇にそっと触れる。 この指でのぞが扱いていたのかと思うと、指先すらエロく見えてきた。 「大丈夫?」 「え?」 「そんなに噛んだら痛いよ。」 いつもの制服ではない、隙だらけの部屋着姿。 緩くなった胸元から、細い首筋や鎖骨が露わになっている。 触りたくて堪らなくて、指先が震える。 落ち着こうと深呼吸を繰り返しても、のぞに匂いしかしない部屋では逆効果だった。 上目遣いで見つめてくるのぞの胸を覗こうとしている自分に気がついて、思わず視線を逸らす。 ―――ヤバイ!ここにいると、絶対に襲う!!犯す!! 「……帰るわ。」 「え、もう?」 「また明日。お大事に。」 「ちょ、おい?」 のぞの制止を振り切って部屋を出ると、前かがみでのぞの家を出る。 ようやく息が吸えて、今まで酸欠状態であったことに気がつく。 ―――のぞの部屋はもう行けない。絶対に手を出すから……。 そう確信して、思わずしゃがみこむ。 自分の欲望の強さに頭を抱えながら、ふらふらとした足取りで帰宅した。
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