蛇に睨まれたオオカミ

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「二の腕って、おっぱいの感触と近いんだって。」 「マジで?今度誰かの触ってみよーぜ。」 腹いっぱいで怠すぎる6限の体育の授業を終えると、クラスの男子の会話が耳に入った。 女子がいないと、途端に猥談に花が咲く。 その様子を遠目に見つめていると、突然話を振られた。 「今野くんって、胡蝶さんと仲いいよね?」 「まあ。」 俺にはくん付けなのに対し、のぞにはさん付けなのが気になりながら、いつものように適当に流す。 「胡蝶さんってマジで男なの?」 「マジで男だよ。」 「やっぱりか~~~!!残念すぎる!!」 「アレで女の子なら最高なのにな?」 「なんで?」 のぞはあのままで最高なんだから、別に女になる必要はない。 そう思いながら見つめると、微妙な顔で見つめ返された。 「胡蝶さんと一緒にいたら、理想エグいほど高くならない?」 「理想?」 「今野くんのタイプってどういう感じ?」 「タイプ?」 「いや、どの女子にもすげえ冷たくない?あの酒田さんに話しかけられてたのに、無表情だったじゃん。あの顔はないわ。」 「いや、普通だけど。」 「この前も女子が重そうにノート運んでるのに、ドスルー決めてたし。」 「だって日直の仕事だろ?」 「優しくしようって気がまるでないよな?血流れてる?凍ってない?」 「だって、優しくする必要ないから。」 「いや、女子だよ?」 「だから?」 意味が分からずに言葉を返すと、またもや変な顔で見つめられる。 話が噛み合わなすぎて、まるで会話にならない。 「あー、そっか。今野くんはまだ目覚めてないんだな?胡蝶さんと一緒にいすぎて理想が高くなってるから、他が芋に見えるんだろ?」 「気持ちわかるよ。胡蝶さんえげつない可愛さだもんな?」 「可哀そうに。今野って一生女できなさそう。」 3人にディスられながらも、女なんて作る気もないから気にもならない。 可哀想だと口々に憐れまれながら、理想のタイプが服を着て歩いているのが見えたから声をかける。 「のぞ、どこ行くの?」 「職員室。日直だから問題集運ばなくちゃいけなくて。」 そう言いながら、細い腕に乗せられた重そうな問題集が目に入る。 「貸して。」 「じゃあ半分。」 「うん。」 「いや、それ全部じゃん。」 「だって、のぞには重いだろ?」 のぞから問題集を奪い取り、驚愕した表情の男たちの横をすり抜ける。 女子に優しくする必要なんてない。 だって、のぞに好かれればそれでいいから。 「咲はやさしいね。気が利くから女子にモテそう。」 「のぞが非力すぎるから。」 「咲といると、どんどん非力になる。」 「俺がいるから、別にいいよ。」 ―――のぞの隣にいられる理由ができるから……。 ふたりで職員室に顔を出すと「なんでお前が?」という表情のおがっちに無言で問題集を手渡し、隣の席の西島には思い切り笑われる。 騒がしい廊下を歩きながら、先ほどの男たちの会話を思い出した。 腕まくりをしたのぞの二の腕を見つめていると、のぞが嫌そうに眉をしかめる。 「なに?」 「いや、マジで細いなって……ほぼ骨じゃん。」 「咲のせいで全然筋肉つかない。」 のぞの二の腕を摘まむと、ほとんど水でできているかのようにひんやりと柔らかい。 お腹を撫でた時も思ったけれど、のぞは肌が柔らかすぎる。 指に吸い付くような肌の感触は、同性とはとても思えなかった。 ―――これがのぞのおっぱいの感触か?ヤバい。すげえ興奮する!! フニフニとその柔らかさに感動していると、のぞが俺をじっと見上げてきた。 「……あのさ。」 「ん?」 「クラスの奴らに聞いたんだけど、二の腕っておっぱいの感触と似てるらしいよ。」 「……へえ。」 「知らなかった?」 「うん。」 ―――のぞも知っていたなんて、めちゃくちゃ恥ずい……。 気まずくてぱっと手を離すと、のぞが困り顔で見つめてくる。 いつもはきれいなアーチ型の眉尻を下げて、戸惑ったような表情ののぞに目が奪われる。 ―――この表情、すげえかわいいな。写真撮りたい。 「柔らかかった?」 「……うん。」 俺の答えにのぞの頬がぶわっと火照るから、思わず視線が泳ぐ。 今度はのぞに二の腕を掴まれて、軽く揉まれる。 「やっぱり咲は硬いね。」 「のぞに比べたら誰でも硬いだろ?」 「確かめてみる?」 「何を?」 「噂が本当かどうか。」 「な、何言ってんの?」 驚きすぎて声が裏返りながらのぞを見つめると、のぞが俺の手首を掴んで自分の胸に近づけようとする。 「やめろって!」 触れる前に手を振りほどくと、のぞが驚いたように俺を見上げる。 「そんな怒ることないじゃん?女子じゃないんだから。」 女子の胸に触れるよりも、のぞに触れるほうが断然緊張する。 のぞの裸を想像すると、ドクドクと鼓動が速くなり息が荒くなる。 「怒ってない。」 「怒ってるじゃん。すっげえ怖い顔してる。あのさ、勉強以外で俺ができることない?」 「は?できること……?」 「咲の喜ぶ顔みたい。」 「なにそれ?」 「俺にできることない?」 なんだか切羽詰まったように見つめられても、性欲しか思いつかない。 のぞにしか出来ないことなんて腐るほどあるけれど、それを叶えてもらうのはどれもハードルが高すぎる。 ―――ヤらせてくださいなんて、言えるわけないしな……。 おっぱい触らせようとしてたし、お触りはのぞ的にありなのか? 気持ちいいだけだし、手で抜くとかは……? いやいや、無理だろ!そんなんしたら、絶対最後までヤりたくなる。 てか、絶対勃つ自信しかない。 そしたら、のぞ怖がるよな? 嫌がるのぞに無理やり触れても、ちっとも嬉しくない。 頭の中でひとりで会話をしながら、悲しそうなのぞを見下ろす。 ―――一緒にいられるだけでこんなに幸せなのに、なんでそんな悲しそうな顔をしてんだ……? 「俺は一緒にいられるだけでいいよ。」 「いつも怒ってんのに?」 「不安になるから。」 「なにが?」 「俺の前では無理しないで。」 「俺といるの面倒くさくない?」 「面倒くさいと思ってたら、とっくに保護者やめてる。」 俺がそう言うと、クスクス笑いながら腕に指を絡めて、甘えるようにすり寄ってくる。 人懐っこいのは、思春期を迎えた今も変わらない。 それが嬉しいと思う反面、怖くもある。 「他の奴にも同じことしてない?」 「え?」 「さっきみたいに胸とか触らせたりしてない?肌着で隠れるところはプライベートゾーンだから、絶対に触らすなよ。」 「……咲にしかしないよ。」 「そう。」 安心するべきなのか、喜ぶべきなのか…… 弛みそうになる口元を隠しながら歩いていると、のぞが俯いたまま小指を絡めてくる。 「のぞ?」 「……志村先輩が怖い。」 「え?」 「助けてくれる?」 怯えたような表情でそう告げるから、保健室で見た顔を思い出す。 奥歯を噛みしめながら志村の顔を思い出していると、のぞが俺の腰に抱き付いて来た。 「あとは?」 「顔見るの怖くてあんま覚えてない。先輩にずっと追いかけられてて……怖い。咲に助けてほしい。お願いばっかりで本当にごめん。また、助けてくれる?」 「わかった。殺しとく。」 「いや、そこまで望んでないから。咲は冗談を真顔で言うから怖いよ。」 ―――だって、冗談じゃないから。 「あとさ、怪我はしないでね。」 「え?」 「咲が傷つくの嫌だから。咲の大好きなバスケ、絶対に奪いたくない。」 泣きそうな顔で見上げられて、のぞの髪をくしゃっと撫でる。 のぞと比べられるほどの大事なモノ、俺には何もない。 「大丈夫だよ。」 「でも、先輩デカかったし、やっぱりおがっちに……。」 「猿に口で言って分かるわけない。隠れたところで狙われる。教師に言いたくないんだろ?」 俺がそう言うと、のぞが額を肩に擦り付けてきた。 「ごめん。恥ずかしくて……女じゃないのに、追いかけられてるの言いたくない。逃げてばっかりで本当は嫌なんだけど、どうしたらいいのか分かんないの。」 「言わなくていいよ。」 ―――俺が潰すから。 そう思いながらのぞの肩を抱きしめると、腕にしがみ付きながら背中を震えさせる。 湿っていくシャツの袖とのぞの体温を感じながら、志村に対しての憎悪が増した。 「ごめん。」 「え?」 「いつも迷惑かけてばっかりでごめん。守ってもらってばっかりでごめん。弱虫でごめん。何もできなくてごめん。俺も咲になにかしてあげたらいいんだけど、何もしてあげられなくて本当にごめんね。咲にあげられるもの、何も持ってないから。」 ごめんを連呼しながら悔しそうに顔を歪めるのぞに、自分の欲望しか思いつかなかった自分を恥じた。 のぞが頼ってくれて、甘えてくれて、必要としてくれて…… それが、胸がパンパンに膨れるくらいにうれしい。 もう、十分すぎるくらいに貰ってる。 「だから、これは俺がやりたくてやってること。のぞを傷つける奴すっげえ嫌い。のぞはそんなこと気にしないでいいから、今度から謝るの禁止な?」 「え?」 「ありがとうにして。そのほうが嬉しい。」 宝石のような緑色の瞳を揺らしながら、俺をじっと見上げる。 のぞに見つめられるだけで、こんなにも幸せな気持ちになれる。 ―――だいすき。俺のこと、ずっと見ててほしい。 「いつも守ってくれてありがとう。」 「いつも頼ってくれてありがとう。」 ―――ずっと、俺に守らせてほしい。 そう言うと、のぞが腕を掴んで顔を近づけてきた。 「え。」 一秒にも満たないほど、僅かな時間。 耳元でリップ音がしたと思ったら、頬に柔らかな感触。 驚きながらのぞを見ると、キスをした本人が一番驚いたように目を丸くしている。 「ええと……のぞ?」 幼稚園の頃には挨拶代わりに数えきれないくらいされたことがあるけれど、小学校に上がってからは一度もない。 久しぶりに味わうその感触に、混乱しながらのぞを見つめる。 「う、あ~~~~~、ごめ!!俺すげえキショいことした!!」 赤くなるどころか顔を真っ青に染めながら、のぞが深く頭を下げる。 「ごめん!ごめん!ごめん!ごめん!嬉しくてつい!」 ―――え、ついキスしちゃうの?誰にでも……? そんな怖い想像をしながら見つめると、俺の表情を思い切り誤解したのぞが泣きそうに顔を歪める。 「お、怒んないでよ……。」 「いや、驚いただけで怒ってないけど……。」 ―――実は、超~~~~喜んでます……。 内心めちゃくちゃガッツポーズを決めながらも、表情には出さないように努めて真顔をつくる。 俺のことを恐る恐る見上げながらも、のぞは不安げな表情を浮かべている。 「本当?」 「他の奴にやるなよ?」 「ごめん。もう、絶対にしないから。」 いや、俺にしてくれるのはすげえ嬉しいけど、これを他の奴にやられたくない。 絶対に勘違いする。 のぞにとっては挨拶や親愛程度の行為だとしても、純日本人の俺たちにとってはまるで違う。 頬に触れた感触よりも、リップ音が耳の奥にこだましている。 余韻に浸りながら静かな廊下を歩いていると、のぞが不安そうに声をかけてきた。 「やっぱり、怒ってんじゃん。」 「怒ってないって。」 「だって、キショかったろ?」 「のぞのキスがキショいわけないだろ?ふざけんな。」 そう言うと顔を真っ赤に染めながら腕で覆い隠すから、暴れる下半身をポケットの中に両手を突っ込み無理やり沈めた。
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