蛇に睨まれたオオカミ

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望海 「なあ、中間終わったらお泊り会しない?」 「はあ?」 中間試験対策をしながらそう問いかけると、咲の表情が思い切り曇る。 あからさまに嫌だと言われているようで、悲しくなった。 俺も精通を迎えて大人になったことだし、咲とベッドにいたらもしかしたらなにか発展があるかもしれない。 そんな不埒な考えがチラッと浮かんだが、咲の今の顔を見ただけで結果は明らか。 ―――明らかなのに、なんで諦めがつかないんだろ……。 「小学生の時に何回もしたじゃん?久しぶりにあれやりたい!ゲームしようよ。なかなかクリア出来いクエがあって……。」 「無理。うちに客用の布団ない。」 「普通にベッドで寝ればよくない?」 俺がそう言うと、咲の眉間に皺が寄った。 「のぞの寝相、すげえ悪いじゃん。」 「じゃあ俺のベッドは?咲の家より広いし。」 「無理。」 「なんで即答?最近うちに全然来なくない?」 「この前行ったろ?」 「秒で帰ったけどな。」 「のぞんちは落ち着かないから。」 「え、居心地悪い?母さんうるさいから?」 「いや、匂いが気になって……。」 ―――え、うちって臭いの?芳香剤とかつけてないんだけどな。いや、つけてないからこそ気になるのか……? 「落ち着かない。」 俺の匂いが合わないのはショックだけれど、無理強いは出来ない。 肩を持ち上げて鼻を近づけても、自分の匂いに慣れ過ぎているせいか何も感じなかった。 思春期に親の匂いがダメになる現象と似ているのかなと寂しく思いながら、咲を見つめる。 「俺は咲の匂いだいすきだけど……。」 「そうなの?」 「すごい落ち着くもん。」 部屋全体が咲の匂いで満たされていて、ここにいると幸せな気持ちになれる。 深呼吸をして肺一杯に咲の匂いを吸い込むと、露骨に眉を潜められた。 ―――あ、やべ!キショかったのかな……? 「そういえば、この前の昼休み女子のこと見てたよな?」 話題を変えようとそう言葉にしてから、咲の様子をちらりと伺う。 俺の質問に強張った表情の咲を見つめて、気分が落ち込む。 思春期の男なんだから当然だと頭では理解しながらも、胸がチクリと痛む。 「女バスのあやちゃん見てたろ?気になってんの?」 「見てない!!!」 頬を染めながら慌てて否定をする咲に、自分で話を振っておいてなんだが、これ以上なにも聞きたくはない。 面白くなくて、適当に相槌を打ちながら問題集に視線を落とす。 「ま、どうでもいいけど?」 「マジで違うから!」 「俺にわざわざ弁解しなくていいよ。関係ないんで。」 「マジで違う!!」 「別にいいんじゃない?」 「のぞ、本当に違うから。そういう意味で見てない。」 「だから、俺には関係ない。ただキショいって思っただけだし。」 「キ、キショい……?」 かわいくない返答をすると、咲があからさまにショックを受けながら言葉に詰まる。 面倒くさいこともかわいくないことも言いたくないのに、どうしても独占欲と嫉妬心が邪魔をする。 一緒にいるだけで十分だと思わなければいけないのに、本当は全然足りない。 もっと咲がほしくて、咲の視線を独占したくて、欲が出る。 「最近、教室はどう?」 「田中いるし平気。」 田中という話し相手ができてから、随分楽になった気がする。 休み時間は咲が来てくれるし、授業中は目つきの鋭いおがっちがいるせいか、誰にも絡まれない。 それがいいことか悪いことかは除外して、教室にいても不安はない。 「よかった。」 「そういえば、志村先輩になにしたの?」 告げ口した次の日には絡まれないどころか、あからさまに避けられるようになっていた。 何をしたかは聞かなくても、かなり手荒なことをしたに決まっている。 先輩は慣れない松葉杖をつきながら、足首をがっちりと固定していたのだから。 「顔見るなり逃げられる。他の先輩にも追い駆けられなくなった。」 「よかったじゃん。」 「怪我してない?」 「あんなザコにするわけない。」 咲は涼しい顔でそんなことを言うし、特に目立った外傷も見当たらない。 でも、なるべく喧嘩はしてほしくないのが正直なところ。 咲はキレると、何をするのか分からないから。 小学校で馬乗りになってキスをされそうになると、咲が男の顔面を思い切り殴り飛ばしているのを見て、血の気が引いた。 男の胸ぐらを掴みながら、戦意喪失している相手にも容赦なく殴る姿を見て恐ろしくなった。 喧嘩の時は痛覚すらも消えているのか、殴り返されても表情ひとつ変えない。 いつも温厚で優しい咲が、喧嘩だと豹変する。 俺のためにしてくれていることだと頭では分かっているけれど、すこし怖い。 咲が咲じゃなくなっちゃう気がするから、知らない咲を見るのは怖かった。 「助けてくれてありがと。」 そう言って頭を下げると、頭の上にぽんと大きな手が置かれる。 毎日走り回るのもさすがに疲れたし、身体を見せても効果がないとすればもう残されたカードがない。 ―――あの人もゲイなのかな……? そんな疑問が浮かんだが、彼女がいるという話もしていたからバイかもしれない。 彼女がいる人なら平気だと田中が言っていたけれど、志村先輩は怖かった。 スマホを手にすると、今まで知らなかったことをなんでも検索できる。 分からないことは全て陽兄に聞けばいいという俺の中の常識を、大きく覆してくれた。 どんなAVを見ても女の裸に無反応な相棒を見ると、どうやら俺はゲイで間違いないらしい。 俺みたいなゲイがいて、どちらもイケるバイがいて、田中のようなノンケがいる。 ―――咲はどこに属してるんだろう……? 咲は女子にも冷たいが、男にも興味がなさそうに見える。 アイドルや女優の好みをそれとなく聞いたことがあるが、テレビ見ないから知らないとあっさり流されてしまった。 人見知り全開で、誰に対しても平等に冷たくて興味がない。 バスケにしか頭になく、今までボール以上に熱をあげている姿を見たことがない。 「咲は先輩のこと怖くないの?」 「どこが?」 馬鹿にしているというよりも、マジで怖いという感情がないのかもしれない。 大人の股間を思い切り蹴り飛ばせるくらいだから、咲に怖いものなんてきっとない。 「咲は怖いって思ったことある?」 「普通にあるよ。」 「え、何?ホラー系とか苦手だっけ?確か絶叫系も平然としてたよな……?」 「のぞ。」 「は?」 何かの冗談かと思ったが、真顔で俺をじっと見つめる咲に意味が分からない。 俺みたいなザコキャラ、咲なら一発で倒せるはず。 「のぞは心配しないで、俺の傍にずっといればいいよ。」 余裕の笑みを浮かべながらそんなことを言われて、守られなくちゃいけない弱い存在でいることが嫌なのに、胸が苦しくなるほどに嬉しい。 「じゃあ、ずっと一緒にいてくれんの?」 「約束したじゃん。」 ―――本当に?ずっと一緒にいてくれんの……? にこやかな笑みを浮かべる咲に、気持ちがどんどん溢れてくる。 俺が思うずっとと咲が思うずっとは意味が違うことは分かっているけど、それでもいい。 嬉しくなって咲の胸に頬を寄せると、珍しく背中に手を伸ばされた。 熱いくらいの体温が心地よくて、そのまま目を閉じる。 ―――気持ちいい。安心する……。
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