蛇に睨まれたオオカミ

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「おはよ。」 「……うん。」 昨日の今日ですごい気まずくて、咲を見ることが出来ずに俯きながら学校に向かう。 咲の視線を痛いほど感じるけれど、その視線を受け止める余裕がない。 「俺、なんかした?」 「心当たりがあんの?」 「い……ええ?まさか、起きてたの?」 「なんの話?」 「……なんでもない。」 咲が無言の空気に耐えかねて、不安げにそう質問をなげてきた。 いつも仏頂面の咲が、珍しく百面相をしている。 その横顔を見つめながら、大きなため息を吐いた。 「昨日、怒ってたろ?」 「別に。」 「泣いてたし。」 「泣いてない。」 「いや、泣いてたじゃん。目が腫れてる。」 「咲に関係ない。」 「え?」 咲をちらっと見ると、ひどく狼狽した表情で俺を見つめていた。 俺と視線が合うと、思い切り視線を逸らされる。 咲から見たら、俺の態度は意味が分からなくて当然だと思う。 トイレから戻ったら大泣きしていて、心配したら突き飛ばされるんだからタチが悪い。 それでも、理由を説明できない。 勝手に期待していた俺が悪い。 勝手に好きになった俺が悪い。 自己嫌悪に陥りながら、なぜか俺よりも項垂れている咲の背中を見つめる。 広いはずの背中が今日はやけに小さく見えて、見えない尻尾が床を引きずっている。 ―――なんで、俺よりへこんでんだよ……? 「咲。」 「ん?」 「今日も部活見に行っていい?」 俺がそう言うと、咲が嬉しそうに微笑む。 バスケの話をすると途端に頬を緩ませて、聞いてもいないのに新しく買ったバッシュの話を続ける。 バスケに興味の全くない俺でも、咲のお陰で嫌でも詳しくなった。 「今日、練習試合なんだろ?」 「なんで知ってんの?」 「八木先輩が言ってた。」 「なんであいつと仲良くしてんの?」 「別に仲良くないけど?挨拶くらいしかしない。」 「無視しろ。」 「先輩を無視するのなんて、咲くらいだって。」 「のぞは愛想がよすぎる。無駄に笑うな。」 「咲がなさすぎるだけだろ?」 俺の言葉に視線を尖らせながら、むすっとした表情で見つめてくる。 「なんでおこなの?」 「のぞに自覚がないから。」 「咲も一年坊主の自覚一生ないじゃん?」 「雑用をやらなければいけない理由が年齢なのが、意味分かんない。」 「まー、実力主義は俺も大賛成だけど。」 「のぞは雑用なんてしないだろ?」 「だって、先輩が全部やってくれる。重いから俺には持てないだろうって、部活でも女子扱いされてる。」 「甘やかされすぎ。」 「しょうがないじゃん?俺、かわいいから。」 「腹立つ。」 「かわいすぎて?」 そう言いながらかわいく微笑むと、咲にむにっと頬をつねられる。 ふたりで頬をつねりながら校門を潜ると、校門に立っていたおがっちに白い目で睨まれた。 「おはよーございまーす。」 「胡蝶、朝練あったんじゃないのか?」 「あー、寝過ごしました。」 「来る気もなかったろ?」 「そんなに俺にキスしてほしいの?」 「は?」 「睡眠足りないと、授業中寝ちゃうかも?」 そう言って微笑むと、思い切り顔を顰められた。 「教師を脅すな。」 「事実だもん。」 「のぞ、遊んでないで行くよ。」 咲に腕を引かれて、おがっちに手を振りながら校庭を横目に見つめる。 汗を流しながら檄を飛ばすにっしーの背中に気がついて、バレないように早足で校舎へ逃げた。 *** 中学に入学してから、初めてのゴールデンウィーク。 田中やクラスの奴らから誘われていたけれど、行く気になれない。 咲は毎日のようにバスケの練習に精をだしているから、俺とは遊んでくれない。 それは始まる前から聞いていて分かっていたけれども「隙間時間に会いに来てくれるかも?」と、小さな希望が捨てきれなかった。 それを毎日裏切られて、挨拶のみのLINEだけが飛んでくる。 それに律儀に返信するのは癪で、すべて未読スルーをした。 それでもおはようとおやすみだけの短いメッセージが、ほぼ決まった時間に送られてくる。 無視していたら電話くらいかけてきてくれるかもなんて期待していたが、今日は既に連休最終日の夜。 せっかくのゴールデンウィークを無駄にしてしまった怒りと、俺に会えなくても平然としている咲に腹が立つ。 もっと素直になれたらいいのに、もっとかわいくなれたらいいのに…… 俺はいつだって弱虫で、素直になれない。 フラストレーションが溜まりすぎて、Xというアプリをダウンロードした。 呟くことなんて何もないけれど、SNSという匿名性が興味をそそった。 俺の素性を知らない人間と、ここでなら繋がることが出来る。 ―――咲がノンケだと分かったことだし、絶対にゲイバレしないようにしなければ……。 ただでさえ離れていきそうな咲にゲイだとバレてしまったら、きっと目も合わせてもらえない。 今まで散々守ってもらったのに、本当は俺も男を求めていたなんて知られたら、土下座だけでは済まない。 連絡先を遮断して、リアル社会と完璧に切り離す。 ゲイというカテゴリーで探すと、エロが溢れていた。 裸体や加工されまくりの男の自撮りが並ぶ中、聞いたことのない単語が目立つ。 同時進行でネットで用語を検索し理解を深めながら、顔バレしないよう目から下を切り取ったプロフ画像を張り付ける。 たぶんゲイだけれども、それ以外は自分のことなんてよくわからない。 身長体重年齢、俺と同じ中1限定で友達を希望している旨を記載して、アプリを閉じた。 親に管理された場所以外で友達を探すなんて、初めての経験だった。 陽兄には咲が好きなことはすんなり話せたのに、さすがに親にそこまで正直には話せない。 緊張しすぎて、手汗がやばい。 これでどうにかゲイと繋がることができるかもと思うとうれしくなって、咲とは違う人生を歩むんだと思うと同時にへこんだ。 風呂上りにスマホを確かめると、腐るほどのDMが届いていた。 プロフを読んでもいないのか、ほとんどおっさんや高校生、大学生が多くて、中学生が全然いない。 中学3年の先輩を見て怖いとしか思えなかったから、年上と仲良く話せる自信はない。 ため息を溢していると、再びスマホが点滅する。 あいさつと簡単な自己紹介のみのシンプルなDMに興味が惹かれて、男のプロフを確認する。 東京住みで同い年のゲイだというひゅうのプロフには、シンプルな数字のみ並んでいた。 俺よりも小柄で、友達を募集していることに親近感を覚えた。 プロフ画像には、俺と同じ本人と思しき目から下の横顔の写真。 咲を彷彿とさせるきれいな黒髪だが、咲に比べると少し長め。 輪郭の印象から、かなり線が細そうだ。 俺と同じタイプの人間かもと思い、DMを送った。 *** 「来週、他校と試合やるんだって?」 ゴールデンウィーク開けの昼休み。 中庭で弁当を広げながら、そう問いかける。 俺の質問に口をあんぐり開けた咲が、摘まんだミニトマトを床に転がす。 その様子を冷めた目で見つめながら、ため息を吐いた。 「なんでのぞが知ってんの?」 「猪原先輩から聞いた。」 「いつ?」 「昨日の夜。」 「いや、普通にゴールデンウィークじゃん……。え、まさか会ってないよな?」 「寝る前に電話きた。」 「え?待って……?猿に連絡先を教えたのか?」 「だって、断る理由がないじゃん?」 「……気軽に教えんなよ。」 「だって、咲が何も教えてくれないから。なんで言ってくれなかったの?」 「来るって言いそうだから。」 「俺が行っちゃいけないの?」 「……だって。」 「だって、何?」 そう言うと俯いてしまうから、もう一度大きなため息を吐く。 同クラのバスケ部の連中からも、他校との練習試合がある話はゴールデンウィーク前に聞いていた。 咲はスタメンとして試合にでると聞いていたから、いつ誘ってくれるのかと楽しみにしていた。 それなのに、咲の反応をみて確信してしまった。 ―――やっぱり、俺には試合を観に来てほしくないんかよ?おっぱいないから嫌なんかよ? 「せっかくの土曜日だし、ゆっくりしたら?陸部ハードなんだろ?」 「大丈夫。お陰様でゴールデンウィーク超~~~~暇だったし。」 「暇だったならLINEくらい返せよ。なんで猪原の電話には出て、俺のLINEはずっと無視なの?」 「毎日挨拶しかないから、ボットかと思った。生きてたの?」 「なんでおこなの?俺、なんかした?」 何かしたかと聞かれたら、何もしていない。 何もしてくれないことに怒っているなんて、咲に文句を言っても意味がない。 俺が勝手に期待して落ち込んでいるだけだから、咲はちっとも悪くない。 頭ではちゃんとわかってるのにイライラが収まらないのは、俺が咲を好きすぎるせい。 「なんではっきり来るなって言わないの?咲はいつも遠回しすぎて、逆に腹立つんだよ。」 「いや、別に。」 「来て欲しくないんだろ?」 「ごめん。」 「安心しなよ。絶対に行かねえから。」 「……怒んないでよ。」 「怒ってないから。生まれた時からこういう残念な顔だから。」 「嘘つき。」 俯いたまま弁当を食べていると、XからDMが届いていた。 「家にいる?」 「なんで?」 「昼前には試合終わるよ。」 「だから?」 「駅前に新しくカフェできたって。」 「ふーん。」 「あ、この前観たいって言ってた映画公開されたらしいよ。」 「へえ。」 咲を見ずに素っ気なくそう答えながら、さっさと返信を済ませる。 昨日登録してから、既に何度かメッセージをやりとりしているひゅうという男。 俺と共通点がたくさんあって、気の抜けた文面がかわいく思えた。 「土曜日会えない?」と、試しにDMを送ってみる。 「どこか出かけるの?」 「わかんない。」 「え?わかんないって何?」 「咲に関係なくない?」 「誰かと行くの?どこに行くの?何時に帰ってくる?」 矢継ぎ早に質問をなげられ、イライラしながら咲を見つめる。 「ウザい。」 「は?」 「すげえウザい。詮索すんな。」 「……反抗期?」 真顔でそんなことを言われて、ため息がこぼれた。 自分は俺を遠ざけるくせに、俺のやることをいちいち干渉してこないでほしい。 咲とは違う世界で生きていくと決めたんだから、ここから先は入ってきてほしくない。 咲にはゲイだって、絶対にバレたくないから。 そんなことを思いながら咲を睨んでいると、「あそぼ」と即レスが返ってきたから、俺も「オッケー」とだけ短く返す。 これで、咲がいなくても時間が埋まる。 「ちょっと買い物。」 「どこに?」 「新宿。」 「新宿?なんでわざわざそんな遠くに行くの?地元でよくない?午後なら俺もついてくし……。」 「友達と会うから。」 「……何時に帰ってくる?」 「わかんない。」 「駅まで迎えに行くから、終わったら連絡して。」 「だから、何時になるかわかんないって。」 「何時でもいいよ。ずっと待ってるから。」 そう言って、寂しそうな表情をする咲に苛立つ。 ―――同性の友達のバスケの応援に行くことって、やっぱりキショいのかな? 咲の考えが分からなくて、心が塞がる。 食欲が一気に失せて、箸が進まずに弁当を片づけた。 咲と田中くらいしかまともに話さないから、普通が分からない。 田中には「普通に喜ぶと思うよ。」と背中を押されたのに、咲は喜ぶどころか来てほしくないって思っていた。 できるだけ一緒にいたいから、ずっと友達でいたいから、咲との距離感を考えなくちゃいけない。 あまりしつこくして嫌われたくないし、困らせたくない。 ―――だけど、すごい寂しい……。 心がすっと冷えていく感覚に、何か代わりに温めるものが欲しかった。
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